PSS【洛中の蝶 5】

第五話です。


鼻水とか咳とか出ていて風邪かと思っていたら、どうやらアレルギーの模様。ハウスダストかもしれない・・・掃除しろってことなんですよね、うん。



【洛中の蝶 3、4】に頂いた拍手コメントにお返事させていただいています。お心当たりのある方は覗いてやって下さいね♪
Poさま、【モリオン・ブラック】にコメントありがとうございますm(_ _)m私実は全然天然石とか知らなくて、石酔いってなんだろうとかググっちゃいましたww設定色々凝れるのは、ネット様ウィキ様々ですね(・∀・ι)また是非いらして下さいませ♪
Haさま、むふふ色々想像を巡らせていただいているようで嬉しいです(^ ^)コメントをいただいた内容で、あ、それ書いとかなきゃ!ってなることもしばしばwwうまく収拾つけられるように頑張ります(´ ゚Д゚)」
Cyさま、補足もしっかり読んでいただいてありがとうございます♪兄さんは森永くんのお願いに弱いですからね〜(・∀・)おすすめもありがとうございます。ぜひ読んでみたいと思ってますv



さようなら愛しいあなた
道は分かたれてしまったけれど
あなたが呼ぶその声が
私の長い道のりを照らす道標となるでしょう



 二ヶ月後に結婚式を控え、宗一の身辺は年末年始の慌ただしさがいつまでも抜けないようだった。太政官から婚姻の許可はすでに下り、形式的ながら結納も済ませた。何しろ宗一もかなこも近しい肉親が少ないため松田の叔父夫婦がほとんどを仕切っているが、当人も随分とすべきことが多い。
 今日も朝から式用に新調する爵服のための採寸をしたあと、数枚に及ぶ招待客のリストを絞り込んでいる。たかが結婚式がこんなに大変だとは知らなかった。かなことの結婚自体は嫌ではないと思うのに、すでに宗一は逃げ出したい気持ちでいっぱいである。

 いい加減うんざりしてきた頃、執事が森永男爵の訪問を取り次いだ。宗一は渡りに船とばかり、コーヒーの用意を命じて応接室へと向かった。
「お忙しいところ申し訳ありません、すぐにお暇しますから」
「いやちょうど休みたかったところだ」
 宗一は立って待っていた森永を促し、自身もソファーに身を沈めた。
「やれやれ、煩わしいことが多くて敵わんよ。たまに全てを放りだしたくなるな」
「伯爵でもそう思われることがありますか」
「まあな。研究にはいくら時間があっても足りんし……」
 コーヒーの芳醇な香りと森永の笑顔は、宗一の口を緩ませる。身内には言いにくい弱音をつい吐いてしまっている自覚はあった。
 宗一には自分が一家の長として向いていないと思うことが多々あった。熱中できるのは昔からおよそ今生で役に立つとは思えないことばかり、能力が低いとは思わないが、人付き合いや家の切り盛りにはどうも行き届かない。
「それで用件は?」
「はい、再来週から京に行きたいと思うのですが」
 宗一からすれば森永がわざわざ許可を求める必要などないと思うのだが、婚約者の兄としての礼儀を重んじたのだろう。つまり、これが気が回るということなのだ。
「かなこが結婚前に寺社巡りをしておきたいと言うので。構わないでしょうか」
「もちろん、ゆっくりしてくればいい」
 この分ならかなこの嫁入り支度は順調に進んでいるのだろう。叔母はかなこのことを大層な気に入りようで、通常母親が付き添う用事には、すでに森永に代わって叔母が出掛けていく。
「招待客は本当にこちらの都合だけでいいのか?親戚などは」
「構いません。親戚も遠縁ばかりで、東京から呼ぶほどの付き合いはありませんし。こちらで出来た友人はみな伯爵の知り合いでしょう。最終的にリストを確認させて頂ければそれで」
 うまそうにコーヒーを口に運ぶ森永は、本当に自由に見えた。両親に先立たれ一家を背負っているのは同じなのに、何故こうも余裕が違うのだろう。
「俺も京でも行くか……全部忘れて……」
 息を吐きながら呟き、宗一は上を向いて目を閉じた。疲れているのだ。あれ以来度々見るようになった悪夢では、身近な者たちが代わるがわる悪鬼となって宗一を貪る。
 顔を戻すと気遣わしげな様子で森永がじっと宗一を見つめていた。宗一が本気なのかどうかを探っているような目で。
「いや、世迷い言だ。気にしないでくれ」
 手を振って眼鏡を直す宗一に、森永は小さく笑って応じた。
「いえ。よく……わかりますよ」


「京も変わったわね」
「80年振りだからね」
 森永とかなこは黄昏どきの街を、宿に向かって歩いていた。宿には夕食を外で済ませると伝えてあったので、頃合いまで寺社を含めあちこちを回り、戻るところだった。東京に奠都が行われた影響で、京は活気を失ってしまった。かつての賑わいを知るものとしては遺憾を禁じ得ない。
「二年後は京か……」
「今回は下見よ、久し振りだし」
「書類はまた磯貝さん?」
「ええ。平民にするから系譜はもういらないけど、戸籍は作っておいたほうがいいから」
 短期間でも一箇所に落ち着く際、かなこは必ず下見をして身分を調えた。面倒なようだが、この慎重さが彼女の長い生を支えていると言える。
「まさかかなこさんが結婚するって言い出すとはね」
「それが一番合理的だからよ。誇り高い方だもの、正当な理由のないお金はお受け取りにならないでしょう。持参金なら角も立たなくて、かわりに私たちは町に入り込める」
「そして大人になる前に事故か病気で亡くなる……と。かなこさん、いいなぁ〜俺が嫁ぎたいくらいなのに」
「馬鹿ね」
 女物の婚礼衣装を纏った森永を想像し、かなこはくすくすと笑った。立ち上がりさえしなければ、案外見られるかもしれない。

「でも短い期間としても、伯爵夫人なんて務まるの?」
 からかうように覗き込んでくる”兄”に、かなこはつんと形の良い唇を尖らせた。
「あらご挨拶ね。実は私、人妻なのよ?とっくに未亡人だけれど」
「ええ?!」
 森永は半信半疑でかなこを見降ろした。用心深いかなこは、彼の知る限り人間に混ざって生活するようなことはしなかった。それだけ危険が増すからだ。今回は自分のために特別大目に見てくれているのだと思っていた。
「十の歳にお嫁に行ったの。政略結婚だったけどね」
「!……へぇ、相手はどんな人?」
 驚きに一瞬詰まった森永は、それでも穏やかに相槌を打つ。
「もう顔は忘れてしまったけど……二つ歳上の、優しい人だったわ」
「でもどうしたの、急に。昔のことを話すのは珍しいね」
 夢見るように眼差しを揺らした少女に、森永は切なさを覚えて眉尻を下げた。
 かなこは人間だった頃のことをあまり話さない。もう忘れてしまったのか、それとも思い出したくない事情があるのだと、森永も立ち入らないようにしてきた。
「そうね、この振袖のせいかしら」
 そう言って臙脂のケープを軽くめくって示してみせたのは薄桃の地に扇やとりどりの花を配した京友禅、袖には緋色の蝶が遊ぶ見事なものだった。
「婚礼のときの衣装と柄が良く似ているの。結婚だなんて言われても実感が湧かなくて、着せてもらった大人っぽい晴着がただ嬉しかったのを憶えてる」

 二人は大通りの角を曲がり、細い路地に足を踏み入れた。人気の無い路地の向こうには宿が建ち並び、大通りよりも明るく賑わっているように見える。
 電気が一般に広まり、町はどんどんと明るくなっていく。だが夜を照らす明かりが強くなるほど闇は一層深くなる。闇に生きる自分たちも。より一層、沈んでいく。
 かなこはぴたりと足を止めた。並んで歩いていた森永が数歩進んで立ち止まり、振り返る。
「用心なさい_____常に意識するのよ。脈を打つこと、呼吸をすること。鏡に映ること。窓硝子や銀食器、女たちの持つ手鏡にまで。私たちは正体がばれたら終わり。伯爵だって例外じゃないのよ」
 森永は神妙な面持ちで頷いた。常々気をつけるようには言われているが、失敗したわけでもないのに今日は随分厳しいようだ。
「わかってるよ……本当にどうしたの?今日は。何か変だよ」
 一瞬頬を歪めた少女はそれには答えず、硬い表情のまま青年に呼びかけた。
「哲博」
「ん?」
「あなた後悔はしていない?」
 仲間になったことを、と言いたいのだろうか。

 森永はおよそ150年前、道端で血反吐を吐いているところをかなこに拾われた。労咳はすでに末期、飢えて苦しんで野垂れ死ぬ以外の未来など思いも寄らなかったのに、彼女に新しい生と家族を与えられた。それはかなこ自身の姿が幼いため保護者を仕立てる必要が常にあったからで、森永に同情したわけでもなかったのかもしれないが_____病の感染を恐れて早々に自分を捨てた親兄弟よりも、ずっと自分を愛してくれた。

「してないよ。したこともない」
「……そう。なら、いいの」
 きっぱりと断言した森永に、かなこは微笑んだ。その笑みがなぜか寂しげに見えて、何か言い募ろうとした森永を制するように、かなこはつと上を見上げて瞳を輝かせた。
「見て、雪よ。ずいぶん暖かくなってきたと思ったのに」
 華やいだ声で駆け出したかなこの袂が蝶のように翻る。春に舞い踊るような光景の美しさに目を細めた森永の視界で、小さな後ろ姿が突然横滑りした。


 森永は眩暈を払って身を起こした。あちこちにかすり傷があるようだが、気にかけるほどのことはない。自分の身体に意識をやりながらも、目は忙しなく辺りを探った。
「かなこさん」
 木造はもちろん石造りの建物さえ崩れかけている。街灯が倒れて周囲は暗い。またも地面が揺れ、通りの向こうで悲鳴が上がった。土埃が舞って地響きがする。火事を知らせる警鐘が鳴り響いた。
 目の端に緋い色が飛び込み、考える間も無く腰を浮かす。少し離れたところに倒壊した壁、その隙間から友禅染めの袖が垂れ下がっていた。

 から、と小石が転げ落ちる音が聞こえたと、かなこは思った。先ほどから意識があったのか、それとも今目覚めたのか判然としない。ただ自分の生がようやく終わろうとしていることは間違いないのだと思った。
 長く……永く生きてきた。
 何百人も、人だけではなく仲間たちも見送って。昔はあったのだろう、生きる目的すらとうに忘れてただ、時代を眺めてきた。
 ふと沈丁花が香った。
 幼い頃に聞いた父母の笑い声、兄のはしゃぎ声、乳母の子守歌……儚げに微笑む姫、炭焼きのじじさま、自分を初恋だといった山賊の少年、澄んだ瞳のキリシタン……温かい手をした優しい笑顔のあなた……みんな、みんな、どこへ。

「……かなこさん……っ!!」
 森永が手を伸ばした先で、鮮やかな袖がばさりと乾いた音を立てる。すり抜けた絹地の感触の後に残されたのは、一握りの塵のみだった。


 昭和2年3月7日、丹後半島北部を震源に発生した大地震は京都を中心に甚大な被害をもたらした。のちに北丹後地震と名付けられるこの大地震及びそれを原因とする火災により死者は約三千人にのぼり、被害を受けた家屋は優に三万五千戸を超えたという。


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