PSS【洛中の蝶 6】

第六話です。


 京都のこととか書いていたら、お土産に生八つ橋をいただきました。運命かと思います。


【洛中の蝶 5】に頂いた拍手コメントにお返事させていただいています。お心当たりのある方は覗いてやって下さいね♪
【洛中の蝶 3、4】に鍵コメ下さったTaさま、ポー最高ですよね!!完全そのイメージで書いてます。私はH先生のSFも大好きで、暴君でもSF書いてみたい気がしていたりなんかして( ゚∀゚)エヘ 貴族とかかなり性にルーズっぽいですからきっと三好が普通で兄さんが特殊だと思われwwぜひ甘えんぼな森永くんを妄想して下さいませv 結婚式は兄さんが爵服、かなこちゃんはクラリス的なドレスがいいと思います(*´ω`*)ムフ ごゆっくりどうぞ〜♪



約束はいらない
破られることを恐れてしまうから
永遠はいらない
終わりが来るのを期待してしまうから




 宗一は自室で椅子に腰掛けていた。先のことを考えるのに疲れ、息苦しさから逃れようと襟を緩めても喉を塞ぐ塊は消えない。夕陽はすでに沈み部屋には薄闇が落ちていたが、火を熾させようとは思わなかった。ずるずると背凭れを滑り落ち、腕で目を覆ったとき、開きっぱなしのドアをノックする音が聞こえた。
 いま家の者が宗一に声を掛けに来るとは思えない。ぼんやりと扉のほうを見やると、旅装の男が黙って立っていた。
「森永……!無事だったか!」
 椅子を蹴立てて立ち上がり、駆け寄った宗一を森永は微笑んで見下ろした。
「ひどい地震だったそうだな。電報を送ったが届いたのかどうかも……とにかく無事で良かった」
「有難うございます。混乱で帰ってくるのに時間がかかって……。お屋敷はずいぶんその、静かなようですがどうなさったんですか」

 3月半ば、大蔵大臣の発言をきっかけに取り付け騒ぎが発生した。預金を失うのを恐れた人々が窓口に殺到したため現金の供給が全国的に不足し、多くの銀行が休業、倒産に追い込まれた。株価も大暴落し、未曾有の大恐慌が日本中を席巻している。先だってはついに御用銀行までも休業した。

「銀行の騒ぎは?おまえのところは影響ないのか」
「そのことなら利用していたのは財閥系だけでしたから……大丈夫でした」
「そうか、良かった」
 森永がどう思ったかはともかく、宗一は心底良かったと思えてほっとした。自分の不手際を棚に上げて他人を妬むことだけはしたくなかった。
 駆け寄った勢いのまま掴んでいた森永の腕を放して軽く叩き、宗一は森永に背を向けた。寒々しい暖炉に目をやり、椅子の背を掴む。
「…….うちは破産だ。叔父は投資をしようとして土地や宝石類をみな金に替えていたらしい。その殆どが倒産した銀行に預けられていた」
「叔父上は……?」
「自殺しようとしたんでな。見張りをつけて閉じ込めてある。冗談じゃない、あの人に責任なんてないんだ。あるとすれば、当主の癖に無能なこの俺さ」
 自嘲して宗一は再び椅子に沈み込んだ。少なくとも森永兄妹を巻き添えにすることはできない。
「結婚は破談にしてくれ。まだ入籍はしてないんだ、彼女に傷はつかんだろ」
「それで、あなたはどうするんです?」
「さあな。この恐慌で全てを失ったのはうちだけじゃない。使用人達には出来る限りのことをしてやりたいと思うが……とりあえず巴が帰って来るまでに状況を整理せんと」
 電報は今日打ったばかり。優秀な弟が自由に学べるよう支えるのが宗一の喜びでもあったのに、道半ばで諦めさせてしまうことが口惜しくてならなかった。

「そうだ、かなこ嬢は?地震で怖ろしい思いをしたろう、お見舞いして差し上げたい」
 宗一は努めて笑顔を作ろうとしたが、もともと苦手なことが咄嗟にできるはずもない。口元を歪ませただけに終わった努力を放棄し、そこで初めて森永の様子がおかしいことに気付いた。いつもの快活な様子はすっかり影を潜め、災難に遭ったにしても、無事ならば不自然なほどの無表情さだ。
 宗一は急に、かなこがこの場にいないことが気になりだした。先程までてっきり彼女は家に戻って休んでいるのだろうと思っていたが。

「あの人はいなくなりました」
 ぽつ、と発せられた言葉の意味を判じかね、宗一は森永を振り仰いだ。森永は暗い瞳をして突っ立っている。
「いなくなったって……かなこ嬢が?行方不明か?」
 森永に得体の知れない違和感を感じて、宗一の胸は騒いだ。妹の行方がわからないまま帰郷する。妹を”あの人”などと呼ぶ。よく見ると森永の外套には砂埃がついたままだった。京から真っ直ぐ自分のところへきたのだろうか_____なぜ。
「いえ……いなくなったんです。もう帰らない」
「まさか……死んだと?」
 宗一は乾いた唇を湿して低く問うた。肉親の死を認められなくて、少しおかしくなっているのかもしれない。無理もない。だが森永は取り乱す様子もなく静かに首を振った。
「”死”の定義がわからないんです。息が絶える、鼓動が止まる……それが”死”なら俺達はとっくに死んでいる。彼女はいったい何処へ行ったのでしょうね」

 違和感の正体に気付いて宗一は瞠目した。先ほどからずっと森永は宗一を視界に捉えている。面伏せたときすら目を離していない。飛びかかろうと機を窺っている_____いや、そんな自分の思考こそがおかしい。苦笑して宗一は前髪をかき上げたが、椅子の背凭れに乗せた指は意に反して細かく震えていた。
「あ……すまないが意味がわからない。おまえちょっと疲れているんだろう。待ってろ、今酒でも持って来させるから……」
 指を握り込んで立ち上がった宗一の腕を、素早く距離を詰めた森永が掴んだ。宗一は今度ははっきりと恐怖を覚えた。何とは言えないが、森永の纏っている空気が違う。これは自分とは違うものだ。決定的に_____何かが違う。
「彼女はもう還らない。俺は置いていかれてしまったんです」
 森永が掴んだ腕ごと宗一を引き寄せた。宗一は反射的に逃げようと外套の胸に手を突っ張ったが、上を睨み上げた途端、身体が動かなくなった。

 森永は泣いていた。子どものように頼りなげに瞳を揺らして。宗一は先ほどの恐怖が嘘のように消えるのを感じ、吸い寄せられるように森永の頬に手を伸ばした。拭った涙はひどく冷たく、体温が感じられなかった。
「なぜ泣く」
「俺が卑怯者だからです。あなたに選ばせないつもりなんだ」
 森永は頬から宗一の手をそっと離すと、両の手を胸の前で包み込んだ。すっかり暗くなった部屋の中で泣き濡れた双眸を見つめながら、これが月明かりを跳ね返したものならどんなにいいだろうかと宗一は思った。だが下弦の月も姿を消した闇夜に、この瞳は輝きすぎる。
「あなたが俺のものになってくれるのなら、伯爵家の存続を約束します。だから……京に行きましょう、全て忘れて」
 森永が握り締めた両手にくちづけるように顔を寄せる。宗一は魅入られたように動くことができなかった。
「お願いです。独りでは生きられない……」



「……そうです、男爵にはまだ跡継ぎがいらっしゃいませんでしたので、相続人はかなこ様が指定されていました。かなこ様が男子をもうけられた場合、爵位を継ぐこともできます。しかしお二人とも亡くなられたので事実上森永家は断絶、相続権はかなこ様の夫君に移ることになります。……ええ、入籍はお済みでしたから。その後は伯爵家の財産として然るべき順列に……手続きはこちらで行いますので代理人の方のご連絡先を……」

 東京から急ぎ帰省した巴を待っていたのは兄ではなく、一式の書類だった。
 半年近く前の日付の財産目録には真新しいインクで八割がた取り消し線が引かれていたが、現金の項目には”弁護士に相談のこと”と記され、伯爵家顧問ではない弁護士の名刺が添付されていた。他に同封されていたのは、廃嫡の届出と洋箋が一枚のみだった。
_____すまない
できれば大学には戻ってくれ_____
「一体何があったの……兄さん……」

 伯爵は自室から突然姿を消した。持ち出されたのは当日身につけていた衣類と外套が一着のみ。屋敷には減じたとはいえ幾人も使用人がいたが、誰一人として伯爵が出て行く姿を見かけなかった。


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