PSS【洛中の蝶 8】

最終話です。


 となりのト◯ロを観ていたら、家族が急に「これは大正時代が舞台らしい」と言い出しました。すぐ勘違いだったことは判明したのですが、「え・・・大正ってこれこれこういう時代だよね?これ絶対昭和だよね?しかも戦後だよね?」と反論した私に、「なんでそんな詳しいの?歴史好きだったっけ」という攻撃が来ました。「うん・・・割とね」と防御しましたが顔が引き攣っていなかったかは不明です。


【ワン!ワン!ワン! 4】に頂いた拍手コメントにお返事させていただいています。お心当たりのある方は覗いてやって下さいませ(^ ^)




堕 ちる
おま え に



 広い部屋には浅い呼吸が一人分、衣擦れの音とともに響いている。
「風呂で温めてきたから、そんなに冷たくないでしょう?俺」
 宗一は先ほどからずっと、ただシーツを握りしめ、歯を食いしばっていた。
 この歳で珍しいことだろうが、宗一は誰かと褥を共にしたことがなかった。変わり者と呼ばれながらも誘いがなかったわけではないが、女にも男にも、とにかく興味がなかったの一言に尽きる。不能という噂すらあったのも知っていたが、宗一は自分が健康であることを充分承知していたから構わなかった。
 だが自身を知ることと他人を知ることにこれほど差があるとは想像だにしなかった。単なる身体的特徴であるはずの皮膚感覚の鋭敏さが、意思を持つかのように自分を苛むとは。森永の手、森永の指、森永の唇が、宗一の肌を撫で上げ、なぞり、赤い痕を残しては熱を熾す。
「心臓の音すごい……」
 腹から胸へと滑ってきた手のひらが心音を包むように閉じ込めた。後を追って耳が響きを捕らえにこれば、すんなりとその場所を譲る。あぶれた手は緩やかに薄い身体を辿りながら、凹凸を見つけては遊んでいく。
 全くもって羞恥の極みだ。宗一は弄ぶかの如く乱されているのに、森永はといえば息を荒げもせず、身体も沈黙を保っている。それに体温は少しずつ下がってすらいた。
「あぅ!」
 繰り返し、宗一の内部をかき乱していく指はすでにひやりとする温度、身体の熱さとの差が背筋を粟立てる。
「俺も感覚はちゃんとあるんですよ。でも興奮してても身体に出ない。一緒に熱くなれたらいいのに」
 宗一の熱は身体にとどまらなかった。触れた箇所から森永に移り、その表面だけを温めては発散していく。
「ねぇ、こっちを見て……」
「……いやだ」
 現実逃避をする気はなくても、直視する余裕はなかった。しかし放っておけば感覚だけに全身が呑まれてしまいそうで、喋らずにはいられない。
「かなこ嬢は、俺と結婚する気なんて、んっ、なかったんだろ」
「そもそもは反対でした。人に混じって生活するのはかなり危険だから」
「じゃあ、なんで、っ」
 宗一は耐えきれずに目の前の広い肩に爪を立てた。薄く引き搔かれる肌は、赤い曲線が描かれた端からその痕を消していく。
「俺が頼んだからです」
「おま、えが?……っふ」
「お家が安泰なら、三好みたいな奴につけ込まれることがないでしょ?」
「施しかよ……くそっ」
「違います。あなたのために出来ることは何でもしたかっただけ」
「どうする気だったんだ。年取らないとか、怪しまれるだろ」
「どうせ二年もいない予定でしたから。急な病を装ってね、死んだふりは得意ですよ」
 森永は自嘲するように笑い、手の動きを早めた。すでに濡れた音を立てているのは、たっぷり与えられた唾液のせいだけではない。
「いずれ離れなくてはいけないことを分かってはいたけど、それでも……傍にいたくて」
「う……うぁ…あ、あ!」
 腰から脳までを突き抜けていく痺れに、細い身体がびくびくと震えた。我知らず森永の肩口にすがりつき、息を弾ませた宗一の声は潤む。
「なんで俺に……そんな執着……」
「わかりません。でも初めて見たときからあなたに惹かれた。欲しくて欲しくて……もう離しません」
 いつの間にか血液を漲らせた冷たい塊が押し付けられる。すっかり温度を失った森永の身体はいかにも人外だ。きつく抱き込まれて、宗一は急に襲ってきた恐ろしさと必死で戦った。これは森永だ。だから大丈夫。だから問題ない_____
「さむ……寒、い」
「ごめんなさい……」
 謝りこそすれ、森永は少しもその腕を緩めなかった。凍える抱擁の合間に、瞳だけが燃えるように揺らぐ。
「憶えておくから。こんなに温かくて、こんなに熱くて。涙も、吐息も、頬の赤さも、そしてこの鼓動も。あなたが忘れても、俺は忘れない……」
 脱力した宗一の首筋に、森永が唇を近付けた。指先で触れられたときとは違い、何かが流し込まれる感覚。冷たい、痺れるようなさざなみが血管を伝っていく。血が凝る恐怖に耐え切れず、宗一は喘いだ。意識が急速に遠のく。霞んだ視界を覆ってくちづけていった森永が何ごとか呟いたのを見たと思った、それを最後に宗一の意識は途切れた。

 愛しています。愛してる。愛して________



 それから約100年________

 彼女は帰宅の支度を済ませて大学の廊下を歩いていた。そろそろ午後9時になろうとしているところ、冷蔵庫を脳内で漁ってなんとか時短メニューで済まそうと思案していると、手前の研究室のドアが突然凄まじい音を立てて開き、彼女は文字通り飛び上がった。
「資料室にあんだろーが、さっさと行ってこい!メシも忘れんじゃねぇぞ!」
 怒鳴り声とともに転がり出てきたのは、学科で一番人気があると言っても過言ではない、かく言う彼女も少々の憧れを抱いている長身の男子学生だった。

 彼女に気付くと、彼は照れ笑いをして尻をパタパタとはたき首をすくめてみせる。驚きが笑いに変わり、彼女はごく自然に男子学生と肩を並べて歩き出すことができた。
 彼は森永といい現在は学部4年生で彼女の一学年上、去年編入してきたときには学科の話題をひっさらったものだ。女子からのアプローチは数知れず、しかしいままで誰も成功していないのには理由がある。
「巽さん、ずいぶん怒ってましたね……」
「怒ってるわけじゃないんだ。あれが普通って言うか」
 森永の編入と同じく他大学からここの大学院に入学した巽宗一、この人物が事実上最大の難関だという。
「森永さんと巽さん、一緒に暮らしてるって本当ですか?」
「うん、俺ら従兄弟同士でね。親が家を出るなら同居しろって。過保護だよねえ」
「従兄弟同士でも同居って結構……気ぃ使いません?」
「まあ長い付き合いだから慣れてるし」
 あっけらかんと笑う彼は、先ほどのような扱いを少しも苦にしてはいないようだった。まともに話すのは初めてだったが、彼は人懐こくも押し付けがましさがなく、短い時間に交わされた会話は森永がモテる理由を存分に彼女に知らしめた。

「資料室に何を探しに行くんですか?」
「”Science”のバックナンバー、20年くらい前の。すぐわかるといいんだけど」
 資料室は研究棟の出入り口近くにある。彼女はもう少し、森永と一緒にいたいと思った。
「良かったら私、手伝います」
「ええ〜、有難いけど悪いよ。帰るところでしょ?」
「帰っても何も予定ないですし。それに私、ちょっと前に文献の整理手伝ったんで役に立てるかも」
「そう?じゃあお願いしちゃおうかな」
 にっこり微笑む森永につり込まれるように、彼女は資料室に入った。目的の雑誌は幸い目につきやすいところに収納されており、雑然としたなかからではあったが思いのほか簡単に入手することができた。
「ありがとう、おかげで助かったよ」
「そんな、すぐ見つかりましたし」
 促されて資料室を出ようとした彼女が敷居をまたぐ前に森永が電灯を消したのは、少し早すぎただろう。急に暗くなった視界に目が慣れず、彼女は段差につまずいてしまった。
「あっ」
「おっと……」
「!」
 彼女はよろめいたが、横から伸びてきた長い腕がその身体を支えた。細く見えるのに意外とがっしりした胸板に触れた彼女は頭に血を上らせ、ついで立ちくらみを起こした。
「大丈夫?」
「あっはい!ごめんなさい!」
 抱きとめられて目眩がするなど、まるで少女漫画のようで恥ずかし過ぎる。彼女は森永に悟られないようにと素早く身体を離し、誤魔化すように鞄を持ち直した。

 礼にと研究棟を出たところにある自販機でミルクティーを奢ってもらい、棟内へ戻る森永を見送って彼女は帰路についた。明日女友達にこの話を教えようか、それともしばらく秘密にして、森永と親しげに挨拶するところを見せて驚かせようか。
 舞い上がったまま校門を目指し、そこで彼女ははたと立ち止まった。そういえば森永は、巽に「メシを忘れるな」と言われていなかったか。コンビニに行くのだろうと思っていたのに、森永は研究棟に帰っていってしまった。
「でも戻るのもなー……」
 わざわざ追いかけて巽さんのごはん大丈夫ですか、などと聞くのも馴れ馴れしい気がする。
「まぁいっか……」
 きっとロッカーに非常食でも備えているのだろう。そう思うことにして、彼女は再び校門へと足を踏み出した。


 森永はすでに半分は明かりの消えた実験室の前を、白衣のポケットに両手を突っ込んで通り過ぎていった。
 宗一が入学して半年も経たないうちにその名を轟かせたため、彼が根城にする実験室に黙って入ってくるような人物はほとんどいない。だが用心を怠ってはいけない。かなこの教えだ。
「ただいま」
「おう。あったか?」
 特にねぎらいもないが、それはいつものこと。試薬の蓋を閉めている宗一に雑誌を得意げに示し、森永はドアに鍵をかけた。反対側の出入り口は常時締切だ。
「腹減った。メシ」
「はいはい。ばっちり調達してきましたよ」
 宗一に近付きながら、森永はポロシャツのボタンを全部外した。襟をくい、と開いて顎を仰け反らす。宗一は森永の二の腕を軽く掴み_____その薄い唇を差し出された首筋に寄せた。



*************


 ここでいったん終わりまして、少し間が空いてしまいますが、別タイトルで現代編をやりたいと思います。やりたかった吸血鬼ネタがやれて、個人的に満足です(*´ω`*)エヘ
 それでは、ここまでお付き合いありがとうございましたm(_ _)m


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