PSS【途絶えども火矢のごとく 2】

第二話です。


美容院で美容師の方とおしゃべりをするのが苦手です。
「ノーサンキュー世間話」バッジとかを受付に用意してくれればいいのにと思う今日この頃。



【途絶えども〜 1】に頂いたコメントにお返事させていただいています。お心当たりの方は覗いてやってくださいね♪
鍵コメ下さったTaさま、おお考察・・・!ありがとうございます!はい、森永くんはとても自己肯定が強いと思いますね。でも後ろ向きなタイプ。兄さんはすごく健全で強い精神の持ち主に思えるので、森永くんが思っているよりずっと、変化した自分を客観的に捉えているんだと思っています。続きもよろしくどうぞ♪





おまえはいつ気付くのだろう
俺たちの視線が交わらないのは
同じ方向を向いているからだということに
おまえはいつ気付くのだろう
それでも同じ景色を眺めることが出来ないのは
おまえが足元しか見ていないからだということに




「森永〜」
 ガラガラと実験室の扉を引き開けると同時に顔を覗かせたのは山口だ。中にいた宗一と森永は同時に振り返った。山口を認めると宗一は即座に背を向けて手元の作業に戻り、森永はそれを補う愛想の良さで応対をする。
「おはよう山口、何?」
「呼び出しー。生物工学の中野センセ」
「え、俺講義とか受けてないけど」
「そうなの?」
 怪訝な顔をする森永に山口は一瞬間違えたかと記憶を検めたが、彼の脳は女子学生に呼び止められるという数少ない経験を簡単にしまい込みはしなかった。
「でも間違いないぞ。森永なんて名前、一人しかいないし」
「なんだろう、なんかやったかな?」
首を傾げる友人に、山口は肩をすくめてみせる。関わりのない教科ではないから、変には思わなかったのだが。
「でも急ぎみたいだったぞ。なるべく早く来てくれって」
「りょーかい。先輩、今ちょうど手ぇ空いてるし、行ってきます」
「おう」

 宗一に断って手を洗う森永を待ち、山口は一緒に研究室を出た。自分は図書館に行くつもりだったから、途中までは同じ道行きだ。
「なあ森永、おまえと巽さんって従兄弟同士なんだよな?」
「そうだよ。それが?」
「じゃあなんで”先輩”なんだ?おまえも名字で呼ばれてるだろ」
 山口は以前からそのことが気になっていた。いくら母方の従兄弟だとしても、あまり付き合いがないとしても、普通親戚の名前を名字では呼ばない気がする。山口も思い返すと全員〇〇おじさんのとこの△△くん、などと呼んでいる。
「それはこっち来る時に取り決めたんだ。子どもの頃からの呼び名じゃ嫌なんだってさ」
「へえ。なんて呼んでたんだ?」
「んん〜……宗ちゃん」
「……確かに嫌がりそうかも」
「別に誰も気にしないと思うけどな〜」
「………」
 俺は気になる、と山口は心の中で呟いた。あの巽が宗ちゃんなどと呼ばれている現場に居合わせたら、さぞいたたまれないだろう。巽はどうやら自分を良く知っているらしい。


 それからしばらくして、今度は宗一が福島教授に呼び出された。呼ばれたと言ってもふたつ隣の室へ行くだけだが。
 軽くノックをしてドアを開けると、気難し屋が多い大学教授のなかで珍しい好々爺は電話を受けているところだった。受話器を指差して手招きをする仕草から意を汲み取り、宗一は中に入って扉を閉めた。終わるまで待てということだろう。
「いやそうなんだけどね、中野教授が今学会で海外出張中だから。もう2、3日もすると帰ってくるからそれまで原稿は待ってくれんかね?……うん、うん、悪いね。帰ったらすぐ送るから。はいはい、はーい」
 電話を切って待たせたね、と振り返る福島教授を宗一はしばし見つめた。今の会話に引っかかるものがある。
「あの、中野教授って生物工学のですか?」
「ん?そうだけど、どうかしたかな」
 海外にいる教授が森永を呼び出すはずがない。間違いならすぐ帰ってくるはずだが、出て行ってからもう一時間は経つ。
「いや……なんでもありません。用件はなんでしたか」
「この間の発表のデータだけど……」
 用件を確認した宗一は教授室を出て、すぐ向かいの実験室に入った。森永を、探さねばならない。


「山口はどこだ?」
 開口一番、そう宣った巽に、中にいた数人は固まった。研究の鬼で有名な巽は、人の名前を憶えないことでも知られている。もう一年以上同じ研究室に所属していても、会話をしたことがあっても、今真正面に立っていても認識されないのは驚くようなことではないのである。
「俺です」
 室を出ようとしていて巽と向かい合う格好になった山口は苦笑して応じた。顔が一致せずとも、名だけでも憶えられていて光栄と言うべきか。
「おまえか。森永がまだ帰ってこないんだが、知らないか?」
「いや、さっき呼び出しに行って……その後は知りませんけど」
 取り立てて気にするほど時間は経っていないと山口は思ったが、巽は眉間に皺を寄せて考え込むふうだ。
「どうかしました?」
「ああいや……写真入りの教員名簿とか、そんなもんどっかで見れんか?森永を呼び出した教授ってどんな人だ」
 意図の読めない質問に山口は面食らったが、巽が真剣な顔をしているので詮索する気にはならなかった。
「イントラで見れますよ。ちょっと待って下さい」
 巽を奥へ招き入れて自分の机に向い、山口はスリープ中のパソコンを起動して操作した。学科別の研究室紹介から生物工学を選んでページを開くと、中野教授をトップに准教授や機器類の写真が掲載されている。
「これです」
 巽に声を掛けてパソコンの前を譲る。覗き込んだ巽は画面をじっと見つめていたが、ふと下のほうに目線を下げ、表情を険しくした。無言のままマウスに手を伸ばし、カチリとクリックする。山口が覗き込むと、中年の男性の写真が拡大されていた。
「あ、それ准教授の。まさか森永、この人に捕まってるんじゃないよな」
 冗談めかして軽く笑ったあとで、山口は巽の訝しげな視線に気付いた。巽ならば学内の噂話なんて聞いたこともないかもしれない。
「この准教、血液の研究してるんですけどマッドサイエンティストらしくって。ここの学生はしょっちゅう血を抜かれてるんだって話があるんですよ。実は吸血鬼なんじゃないかってもっぱらの噂で」
 件の准教授は神経質な気取り屋で、学生たちから敬遠されていた。噂というのも「ワイングラスに血を入れて、裕次郎スタイルを決め込むんだよな」などという多分に嘲りを含んだ与太話である。
「どうしたんですか?」
 てっきり下らないと罵られると思ったのに、巽は眉間の皺をますます深くした。
「なんでもない。邪魔して悪かったな」
 軽く手を上げて、巽は足早に室を出て行く。呼び止めるのも憚られて、山口は再びパソコンの画面に目を落とした。やや生え際が後退しているが、まだ黒い髪をオールバックに流している男。眉の太さと気難しそうな薄い唇が際立っている。この男がいったいどうしたというのだろう。



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