PSS【エンデュミオン 1】

 カウンター7000でのリクエスト、1件目です。

 下敷きにしたのは非常に有名な作品ですが、実際に読まれたことがある方は結構いらっしゃるんでしょうか?原作ご存知の方は、すぐピンとくる設定だと思います。私はお恥ずかしながら、この文豪の作品自体読んだのは初めてでした(^_^;)
 原作のような退廃的な雰囲気を出すのはちょっと無理だと思うので、主に兄さんの衣装(笑)をお楽しみ下さい。最後にリクエストの内容とリク主様をご紹介いたしますね。今回は年齢制限はありません( ゚∀゚)アハ
 
 それでは、ちびちび進みですが、どうぞよろしく(○´∀`)ノ゙

【冬の憩いは〜後編】、【お見せして〜】に頂いたコメントにお返事させていただいています。お心当たりの方は覗いてやってくださいね♪
 鍵コメ下さったRoさま、計画は夏の終わり頃実行予定です(^ ^)私もギリギリすることが殆どなので、されると嬉しいですなァギリギリ・・・






エンデュミオン



「添い寝人の肌に欲をもって触れることはまかりなりません」
 女はやや厳しさを滲ませた声音で、森永が返して寄越した茶碗を茶托ごと盆に片付けた。四十頃か、目元の皺は隠せないものの、結い上げた髪から緩いウェーヴのかかった後れ毛の落ちる首筋には若かりし頃の色気がまだ消えずに漂っている。仕立てのいい地味な柄の着物に地味な色の帯を締めていたが、洋装のほうがよほど映えるだろう。しかしこのような秘密めいた邸の女主人としては、顔を憶えられぬほど特徴がないほうがいっそ良いのかもしれない。
「先日お伺いしましたお好みでご用意しておりますけれど、もしお気に召さなければ仰って下さいませね」
 女の口調はわざとのようにゆったりとしている。落ち着いた物腰も、いまひとつ怪しさを拭えないこの邸で来訪者の心を安んじる作用があるようだ。
「本当にこんなことで効果があるのかな」
 森永は疑り深く尋ねたが、別に女を責めようとかそういう意図はなかった。何人も名医と呼ばれる医者にかかったが睡眠薬を処方されるだけ、果ては坊主や占い師まで頼ったが不眠は一向に改善しない。一日のうちの僅かな時間、浅い眠りが訪れるばかりの生活が数ヶ月も続いているせいで、常に神経は苛立って落ち着かなく、快活で温厚と言われた性格はすっかり依怙地で短気なものへと変わってしまっている。ここへ来たのも格別期待してのことではない。親友である山口があまりにも酷い状態の森永を心配し、わざわざ伝手を辿ってこの一風変わった治療院を紹介してくれたから、その労に応えるためである。
「少なくとも今までにいらっしたお客さまはご満足下さっていますよ。森永さまも手段は尽くされたご様子。まずは一晩お試しになっても、損はないのではございませんこと?」
 初回はお代を頂きませんし、と愛想良く微笑んで女は椅子から立ち上がった。滑らかな動作で出入り口の扉に手をかけ、笑顔を崩さないまま森永を振り返る。
「では_____ご案内致します」


 森永が不眠症になったのは、失恋がきっかけだった。優秀な成績で一年早く高等科を卒業、地方の地主である親元を離れて寄宿制度のある大学に入学。不慣れな環境も持ち前の人懐こさで難なく乗り切って二ヶ月、初の帰省の折りに事件は起きた。
 森永には想い合う恋人がいた。いる、と思っていた。
 帰る日を報せず驚かせようなんて最低の思いつきだった。兄の寝室で二ヶ月ぶりに会った恋人の表情が、今も夢うつつに森永を傷つける。蕩けるような甘い笑み_____自分には見せたことがないような。


 通されていたのは一階奥の応接室だったが、二階へ上がるためには一度ホールに出なければならない。玄関をちらりと見やった森永に気付き、女は心得たように頷いた。
「一晩にお一人様しかお約束は致しておりません。どなたかと鉢合わせるようなことは御座いませんので、ご安心下さいまし」
 肩を竦めた森永が続いて階段に登るのを確認し、女は先に進んだ。

 海を望む高台に建てられた小さな洋館は、有り体に言えば”お大尽が愛人に与えた別荘”といった様子だった。こじんまりとして、華美ではないが上品だ。周囲には人家がなく、訪れる者の世俗を払う静謐さがある。
 二階に上がるとホールの窓から海が見えた。階下よりずっと潮騒が近い。何か音を取り込むような工夫でもあるのかもしれなかった。二、三の閉じられた扉を通り過ぎ、女はホールを進んで突き当たりの扉の前で立ち止まった。
「こちらでございます」
 女はキィ、と小さく音を立ててドアを開け、目線で森永を促した。森永はにこやかだが感情のない女の顔を見返し、一呼吸おいて室内に踏み込んだ。

「くどいようですが、添い寝人に軽く触れる以上のことはくれぐれもなさらないように。禁を破られた場合は二度とこちらへはいらしていただけませんし、お預かりしたお金はお返し致しません。警察が動くようなことは御座いませんが、相応のことはご覚悟下さい」
 身元のはっきりした方ばかりですから、と女は先ほど応接室で説明したことを噛んで含めるように繰り返す。
「わかっているよ。必ず先に次回の分を納めるのは、保証金の意味があるのだね」
 部屋には寝台がひとつ、水差しと湯呑みを載せた小卓がひとつ、寝巻きを載せた引き出し付きの台がひとつ、いくつか衣紋掛けの吊るされた衣桁がひとつ。それらを真紅のカーテンが囲んでいる。天井にも同じ布が美しく波打たせて掛けられていた。照明はどこからか間接的に当てられているらしく、柔らかくカーテンのびろうどに反射した光が黄昏のような温かみを醸し出している。
「左様でございます。お着替えのお手伝いを致しましょうか?」
「結構だ」
 いずれも上質な家具を備え、欧風の寝台にはいかにも心地良さげな生成りの絹ふとん。そこに艶やかな茶色の髪が、扇のようにうち広がっていた。
「女も異人もお断りだと言ったはずだけど?」
 冷ややかに振り返った森永にも、女は表情を変えず廊下へと後退った。
「異人ではありませんし、男性ですよ。御手水はあちらにございます。ではごゆっくり」
 女が示したほうには、幅の狭いカーテンで仕切られている一部分があった。奥に続き部屋があるらしい。出て行った女が聞き耳を立てているのではないかと疑ってたっぷり十数秒も立ち尽くした挙げ句、ようやく森永はドアに内側からかんぬきを下ろした。
 入り口には続き部屋と同様、ドアだけを覆うカーテンがあり、端に寄せられていた。それを引いて完全に真紅に囲まれてから、森永は改めて寝台の中の人物を注視した。

 彼、は首までをしっかり布団にくるまれ入り口に背を向けていたので、森永には髪しか見ることができなかった。女によると添い寝人は薬で深く眠っているため一晩中起きることはないと言うが、俄かには信じ難い。
「うーん、む……」
 添い寝人は突然もぞりと身体を動かした。何やら寝言を発した、その声は確かに男のものである。見守る森永の前で布団を跳ね除けるように寝返りを打った男は上を向いて左腕を枕の横に軽く曲げて垂らし、左胸から首にかけてを露出させた。薄明かりのなか幕を切るように現れたその寝姿に、森永は小さく息を呑んだ。



                  →2へ



スポンサーサイト

コメントの投稿

Secret

検索フォーム
暴君時計
ゆずるさんから頂きました♪