PSS【エンデュミオン 6】

最終話です。


 今話アップにあたりリク主様に確認していただいたところ、矛盾点をいくつかご指摘いただきまして。主に年齢と学年の部分なのですが。最終話を直すとどうしても齟齬が出てきてしまうため、アップ済みの話も何点か修正しています。今までにも変だな、と思ってらっしゃった方がいるかもしれませんね(´д`ι)
 とりあえずこれで目立つ箇所はないかなと思いますが・・・また何かあったらお知らせ下さいませm(_ _)m



【エンデュミオン 5】に頂いたコメントにお返事させていただいています。お心当たりの方は覗いてやってくださいね♪
 鍵コメ下さったKoさま、沢山コメントありがとうございました!ジュエリーを最高に飾る衣装は…素敵な言葉ですね(^^)シャネ◯の5番的な?←違う 一緒になって不眠やぐんにゃりや気が遠くやカップルに当てられたりやしていただいて( ̄▽ ̄)嬉しい〜♪
 Taさま、うんうん了承ないのは駄目ですよ。ねぇ、一巻の森永くん?この兄さんはホモ死ねとは言わないかもしれませんが、性格は想像と違うだろうなぁ〜(^_^;)




 大学の講義室は午後のうららかな陽射しで温もり、歓談する学生のざわつきもあいまって眠気を催すような空気に包まれている。実際に机に伏せて寝ている奴もいる。第二学年にもなって呑気なことだ。
 俺に話しかける奴はいない。もとより肩書きのためだけに在籍している”良家の子息”やらと馴れ合うつもりはないから構わないが。復学して始めのうちは色々と話し掛けられもしたが、やたら飾り立てた遠回しな言い方や他人を見下す態度に辟易し、奴らの言う「気さくに話そうじゃないか」を実践してやったらたちまち腫れ物扱いになった。だから、唐突に声を掛けられたときは少し驚いた。

「隣、いいかな」
 頬杖をついて本を開き講義が始まるのを待っているところに話し掛けてきたのは、随分と顔色の悪い男だった。痩せ方も病的で、身長があるからか余計に不健康さが目立つ。初めて見る顔だから編入か落第なんだろう。承諾の意味で広げていた教本を片寄せると、男は会釈をして常に空いている俺の隣の席についた。周囲の好意的とは言えない視線も声を潜めた会話も、男は気に留めていない様子だった。
 あまりじろじろ見ては失礼だろうと俺は帳面に目を落としていたが、その男の何かが引っ掛かって、つい目の端で動きを追った。
 何が気になるのか考える。見た目は人を憶えるのが苦手な俺でも忘れ難い様子だが、もしかしたら病を得る前に会ったことがあるのかもしれない。男が座るときに見てとった部分で印象的なのは瞳だった。身体のやつれ具合に反して、瞳だけは生き生きと輝いている。
 考えても思い当たらなくて、もう一度顔を見ようと目を向けた。すると相手も俺を見ていたようで、視線がかち合って互いに驚いた。やはり知り合いなのだろうか。
「あの、瞳の色は割と濃いんだね。髪と同じで明るい色かと思ったけど」
 しかしその台詞からすると、少なくとも向こうは俺を知っているわけではなさそうだ。気まずさを誤魔化すように男が笑う。だがその笑顔は愛想笑いと言うには余りにも幸せそうに見えて、俺はそうだな、とだけ返して目を逸らした。それに普段は髪や瞳の色をどうこう言われると腹が立つのだが、不思議と嫌な気はしなかった。この声……引っ掛かっていたのはこの声だ。”もりなが”の声と似ているのだ。


 俺は二年ほど前に奇妙な仕事を請負った。
 大学へ入学してすぐ、両親が火災に巻き込まれて亡くなった。悲しむ間などない、俺には守らねばならない弟妹がいる。そうは言っても、裕福でもないのに俺たちが望むだけの教育を受けさせるためかつかつの生活をしていた両親に蓄えなどあるはずもなく、学びながら兄妹3人の生活費と学費を捻出するのはまったくもって無理な話だった。一年の予定で休学して働いたが、生活を支えるのがやっと。最高学府で学ぶことは俺自身にとっても夢だったし、この先弟妹に十分な教育を受けさせるためにも、なんとしても卒業して良い職に就きたかった。だが学費が用意できなければ、退学するより他ない。すべてを諦めかけたところに、人づてに仕事の斡旋があった。短期間で大枚が稼げると言う。当然怪しく思ったが、容姿に制限があるため誰もが就ける仕事ではないだけだと。
 背に腹はかえられない。ほとんど捨て鉢になって紹介された邸へ行き、話を聞いて唖然とした。全裸で誰かもわからない奴に添い寝をするだと。条件はただ一つ、その仕事について決して他言しないこと。
 一度きりの契約で多額の報酬を提示され、俺は一も二もなく飛びついた。例え身体を売ったってこんな額にはならない。だがやはりうまい話には裏がある。朝まで目覚めないように強い睡眠薬を使うため、眠っている間に呼吸が止まることがあるらしい。なんてことはない、どんな仕事であれ金になるのは危険があるか汚いかだと、相場が決まっている。

 実際なんてことなかった。目覚めた時軽い頭痛があったくらいで。ただ確かに誰かが横に寝ていたという痕跡に落ち着かなさは感じた。俺が寝床に入った時にはなかった枕の窪み、二人分の敷布の皺。枕元に丸められた寝巻きや中身の減った水差し。寝巻きの大きさと柄からして、”客”は男らしかった。不眠症の治療のためとは聞いているが、果たして全裸で熟睡する男を前に、何が癒されるというのだろう。
 事前に言われた通り、寝室の隣の小部屋で服を着て呼ばれるまで待っていると、雇い主である黒川夫人が難しい顔をしてやって来た。”客”がえらく俺を気に入り、引き続き仕事を頼みたいのだと言う。普通は同じ添い寝人を雇う場合半年ほどは空けるのだそうで、夫人は続けることの危険性_____相手が不埒な振る舞いをする可能性が上がるとか、薬の副作用だとか_____について説明しながら気の進まない様子を見せた。断ろうとしたが、息子と変わらない年で不眠に悩む姿が不憫だと……彼女は案外と面倒見の良い性格らしかった。
 俺は逆に幸いだと思った。卒業までの学費が稼げるかもしれない。しかも報酬を増やしてくれるというのだ、迷う理由がなかった。

 仕事はいつも同じだ。指定された日に邸へ行き、睡眠薬を受け取って飲み小部屋で服を脱いでから、あの悪趣味な寝室で横になる。ただそれだけ。
 なのに目覚めた時の落ち着かなさは募っていった。一体どんな奴なのか。なぜ不眠などになるのか。横でただ寝ているよりも話くらい聞いてやったほうがよっぽど良いのじゃないか。次の仕事までの日数は毎回延びていく。それまでの間もついつい男のことばかり考え、いつの間にか、俺の寝ている間にそいつが来て去っていくことに苛立ちを覚えるようになった。

 ある日には、朝起きると枕元に花が一輪置かれていた。
 置き土産はそれだけではなかった。首筋と鎖骨の下あたりに赤紫色の痣がくっきりと残されていた。これが口吸いの跡であろうことは容易に想像がつく。黒川夫人からはそういったことがあれば報告するように言われていたが、俺は黙っていた。
 男がこの花を選んだのは偶然なのだろうか。浜木綿は俺の誕生花だ。花に詳しいわけではないが、母がそう言って生前、俺の誕生日には浜木綿を飾った。この香りには慎ましくも幸せな記憶が伴う。花言葉は「純潔」そして「あなたを信じます」。男が痕をつける以上のことをしなかったと、俺は信じようと思った。

 その次に呼び出された日、俺は黒川夫人に”客”と話してみたいと申し出た。夫人は困ったような顔をしたものの、きっぱりと断った。仲介は絶対にしない、そう言い切ったあと目元を和ませ、代案を提示した。その提案を容れた俺はいつもと異なる薬を飲み、いつものように横になった。枕元には浜木綿を置く。すっかり枯れてはいるが、答えになるはずだと思った_____「あなたを信じます」
 眠りは訪れない。代わりに、手足から身体の中心に向かって徐々に重くなっていく。麻酔のようなものだと夫人は言っていた。瞼すら自分の意思では動かせなくなった頃、扉が開く音がした。


 男は俺に”エンデュミオン”と呼びかけた。後で調べたらギリシア神話から取った名のようだ。なんと癇に障る渾名だろう、西洋かぶれも甚だしい。
 声は中音で柔らかい響きを持っていた。神経質そうな印象は覆され、触れて悪かったとかそういうことをぐだぐだ訴える情けない性格に取って代わられる。
「エンデュミオン?」
 気配が寝台に近づいて、肩に触れられた感触がした。そのままどうやら引き倒されたらしい。感覚が鈍っていて、自分の身体がどうなっているのかよくわからない。
「どうしたの。何か……」
 俺の腕を掴んだ男の手は、細かく震えていた。突然腕が放されると、ドアが開く音と共に叫び声が聞こえる。
「誰か!ご内儀!来てくれ!!」
 応答を待たずに足音は廊下を走り去っていった。遠くのほうでまた呼ばわる声がする。ドアの開閉音、何かがぶつかる音。しばらく静かになったかと思うと、次には階段を駆け上がる足音。部屋に飛び込んできた男が、廊下に向かって誰かを急き立てる。
「どうなさったと仰るのです」
「エン……添い寝の彼が変なんだ、具合が悪いんじゃ」
 狼狽えた様子の男とは対照的に、黒川夫人はいたって平静だ。彼女のものであろう先の細い指が手首に押し付けられ、ややしてから離された。
「脈はちゃんと御座います。心配なさることはありませんよ」
「でも」
 男の声は泣き出しそうだ。いや、もう泣いている。
「彼に何かあったら」
「不都合がありましても、ご迷惑をおかけするようなことは御座いません。この子もお薬で起こるかもしれないことは知っての上ですので、そのようにお気にかけることはないんですのよ」
「そんな!」
 癇癪をおこした子どもをあやすような声音で、夫人は男を宥めようとしていた。
「森永さまはご自分のことだけお考えになればよろしいのです」
 もりなが。こいつは”もりなが”というのか。森長、森永、守長……いくつか思い浮かべてみる。
「彼にそのような負担がかかるくらいなら止める」
「では次回には他の添い寝人を」
「いらない。彼でなければ意味がないから、もういいんだ」
”もりなが”はまだ鼻を啜りながら、だがもう取り乱してはいなかった。
「森永さまにはまだ添い寝が必要でしょう。そういうお顔色をなさっておいでですよ」
「いいんだ。生きようと思わせてくれたのは彼なんだから。彼を失ってしまったら、もう二度と立ち直れない」
 なんて大袈裟なんだ。俺は正直呆れた。声を出せたら笑っていたかもしれない。なのに二人は予想外のことを言った。
「まぁ……涙が」
「君も別れを惜しんでくれるの?……ありがとう」
 俺が泣くだなんてまさか、馬鹿げている。どうせ薬でまばたきがうまく出来なくて、乾燥した眼球を潤そうと余分に涙が出ただけに決まってる。
 顔の横に気配。柔らかいものが押し付けられ、目の端にはひんやりした余韻、耳には囁きが残された_____きっと、見つけ出すと。




 記憶をなぞるうちに、講義は始まっていた。この教授は全くやる気が無くて、教室に来るのは遅く、終わるのは早い。生徒が何をやっていようと気にもしない。いつの間にやら船を漕ぎはじめた隣の男の上半身が、背もたれを滑って俺の方に倒れてきた。図々しい奴だと肩でぐいと押してやると、何か口の中でもごもご言って嬉しそうに笑う。
 骨張った腕を支えて、俺はその男ごと背もたれに寄りかかり身体を落ち着けた。なぜなら男の寝言が「エンデュミオン」と聞こえたからだ。
 一定調子の深い寝息が眠気を誘う。俺は小さなあくびをして、目尻に浮かんだ涙を指で拭い、瞼を閉じた。



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 元ネタは川/端康/成の「眠れ/る美/女」でした。知っている気がする、と仰ってた皆さま、当たっていましたか?リク主はそれはit様でした!
 全年齢対象なのにほぼ全裸な兄さんとやつれ森永くんにたくさん反響を頂きましたよ。かわいそう萌えへの需要を感じたリクでした。
 それはit様、文豪の作品も読めたり、最後のモロモロも含め大変勉強になりました。ありがとうございました!



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