PSS【10 Things I Love About You 12】

第12話です。


もうすっかり冬ですね。
ショッピングセンターに行ったらシマウマがいてびっくりしました。インコとかウサギとか、触れ合える動物たちの小さな移動動物園でした。可愛かったです。



さて、続きは続き物の続きです(笑)
だいぶ長くなりましたが、多分あと2回くらいになると思います。
兄さんが豆腐メンタルな件については…あまり突っ込まないで下さ…




「じゃ、これ三年分の過去問と解答ね」
 いつもの溜まり場、森永がノートを広げている机の隣の席に、磯貝がドサドサッと音を立てて紙束を積んだ。
「ありがとうございます」
「まいどあり〜」
 森永が差し出した数枚の紙幣をウィンクで受け取り、斜め前の机に座った磯貝は、行儀悪く足で椅子の背を傾けながら教室内を見渡した。今日、リックとフィルには活動開始時間を遅らせると伝えてある。講義の関係で教室が使えないからと。集めたのは巴、黒川、それに森永。宗一の関係者だけに大事な話があったからだ。

「学部も違うのに、よくこんなの手に入れられますね」
 巴が感心したように言って過去問をパラパラとめくる。一番上にクリップで留めたメモには手書きで受験科目と年号、過去問と対応する番号が一覧に書かれていて、資料としてもわかりやすい。
「俺は顔が広いんだよ」
 机の上で背を反らし、磯貝はふふんと得意げに鼻を鳴らした。それから口を開きかけ、少し躊躇うように身体を起こす。
「で、ま、森永くんから聞いた話もちょっと調べたんだけど」
 森永は宗一が漏らした事件についての詳細を調べてくれと磯貝に頼んであった。宗一が黙っていたことを掘り返すのは少々気が引けるが、磯貝に調べられる程度の事実なら、秘密を暴くほどのレベルの話でもない。その内容を知ることは巴の行動も含め、宗一に無用なストレスを与えないために必要だと思われた。

「大まかな経緯はこうだ。宗一くんがレポートかなんかを口実に、准教授に呼び出された。当時4年生だった宗一くんが卒業するのにその准教の講義の単位は必須で、落第をほのめかして関係を迫ったらしい。逆に言うことを聞けば色々融通つけてやるって、完全にセクハラさ。そこでどういうやり取りがあったかはともかく、まぁその、少々コトが進んだところで宗一くんが抵抗して、結果怪我をさせたということらしい。准教は臀部に刃物で3針縫う裂傷、宗一くんは打撲など軽傷。悲鳴を聞いて踏み込んだ通りすがりの院生が証言したことで准教の傷害未遂と宗一くんの正当防衛が認められた。双方おおやけにしたくないってんで示談が成立したんだけど、その時に宗一くんの出した条件が、学園から出てけってものだったんだね」

 磯貝が口を閉じても、誰も何も言わなかった。窓の外から聞こえる蝉の声が、ひときわ大きくなる。青ざめて俯く巴の背を、黒川が遠慮がちに撫でた。
「それは傷害じゃなくて、強姦未遂じゃないのか?」
 黒川の問いはもっともかもしれない、少なくとも准教授の意図は明らかだ。磯貝は生真面目に頷いた。
「日本の法律では被害者が男だと強姦罪が成立しないんだ。強制わいせつ罪か、場合によっては傷害罪。初犯だと執行猶予がつく場合も多いらしいから、争っても罰せれないなら騒ぎたくない気持ちもわかるな」
 淡々と説明する磯貝に普段のおちゃらけた雰囲気はない。磯貝は軽い気持ちで森永をけしかけたことを後悔していたのだ。森永がごく真剣に宗一に恋しているのでまだ救いようがあるが、宗一には辛いことを思い出させたかもしれない。
「男だって無理やり押さえつけられる恐怖は同じですよ。身体だって心だって傷つく」
 悔しそうに拳を机に叩きつけた森永は、俺がもっと早く出会っていれば、と歯噛みしたがそれは言っても仕方がない。だいたい二年前なら、森永はこの学園に在籍すらしていない。

「僕……何も知らなくて」
 巴は俯いたまま小さく呟いた。当時高校生だった自分に話さなかったことは理解できる。今になって蒸し返したくないことも。自分がそんな兄の感情に配慮できなかったのは、知らなかったんだから仕方ない_____そうだろうか、本当に。兄の性格は良く分かっていたはずだ。行動は過激だが、理由もなく物事を決めつける人じゃない。それに過干渉が煩わしいと思うことはあっても、巴は兄の愛情を疑ったことはなかった。

「巴くん」
 呼びかけに顔を上げると、黒川が気遣わしげな表情で覗き込んでくる。
「一度、家に帰ったらどうかな」
 それがいいことなのかどうかわからずただ見返した巴の反応を、黒川は誤解したらしい。慌てて言葉を継いで一層眉尻を下げる。
「や、居てもらっては困るとかじゃないんだ。むしろ嬉しいんだけど、でも」
 一息入れて言葉を探すように目線を上げた黒川は、真正面から巴の両肩に手を置くと、きちんと目を合わせて眉間に力をこめた。
「……時間をかけよう。俺は誠意を尽くすから。宗一くんもきっと分かってくれる」
「黒川さん……」
 無意識に胸に手を当てながら、巴は己の恋を実感した。自分は黒川のこういうところに惹かれたのだと。安定を重んじる常識的な性質が、ともすれば思いつきのまま突っ走る巴を踏み止まらせ、周囲を見渡す余裕をくれる。気持ちを慮ることが苦手な巴のように波風を立てることなく他人を思いやることができ、気弱だが誠実だ。自分に足りない部分をぴたりと補ってくれる。
 見つめ合う二人に少々投げやりな気分になりつつも、磯貝は黒川に同意して頷いた。
「そのほうがいい。今さら腫れ物扱いも宗一くんは望まないだろうけど、あまり心配をかけるようなことはしないであげるといいよ」

 早速用意を、と立ち上がった黒川と巴は出入り口に向かった。先に立った巴が引き戸を開ける間に、ちらと振り返った黒川が磯貝に物問いたげな視線を投げかける。黒川はこのところ悩んでいるのだ、巴に近づくために弄した策のことを打ち明けるべきかどうか。
 わざわざ信用を失うようなことを言う必要がない、と相談された磯貝は諭した。だが磯貝は決して恋愛のベテランでも心理カウンセラーでもない。仮にそうだったとしても、感情論に100%の正解はない。結局、磯貝は小さく首を横に振った。



 二人が去り、沈黙が降りた室内は夏の空気が澱むようだった。磯貝は彼にしては珍しくぼぉっと窓の外を眺め、森永は開いたなり1ページも捲られていないノートの上でカチカチとシャープペンシルの芯を繰り返し出し入れしている。長く出しすぎた芯がほとんど音もなく折れ、白紙の上を転がったとき、廊下から明るい話し声が流れてきた。

「ハァイ!」
 ガラッと勢い良く引き戸を開け弾むように入ってきたリックはその場で立ち止まると、頰に手を当てて悲鳴のような声で叫んだ。
「この部屋アツーイ!窓だけ開けたって風通んないよォ!」
 フィルは構わずに入ってきたが、リックは教室後方の戸に続き、締め切ってあった廊下側の窓も全開にした。
「トモエは?まだ来てない?」
 お目当てがいないことを見て取って不満そうな顔をしたリックに、磯貝がいつもの軽い調子で返す。
「今日用事があるから来ないってさ」
「なーんだ。じゃあ帰ろっかナ」
「リック、約束」
「ちぇー」
 フィルは机を動かして四台を繋げると、大きな鞄からスケッチブックと画材を取り出し広げ始めた。リックはその二列前の席に膝をつき、こんなカンジ〜?とふざけてセクシーポーズを取る。
「欲しかったゲーム買ってもらったかわりにモデル」
 訝しげな磯貝と森永の視線に先んじて答えると、リックは物慣れた様子で椅子に座り直し、自然な姿勢に落ち着いた。

「なんだかんだ良いお付き合いしてるんじゃん」
「してないしィ。フィルはおカネ余ってるんだから使ってあげてるダケ〜」
 磯貝とリックが軽口を叩きあう横でフィルは絵の具と筆を並べ、ペットボトルから小さなバケツに水を注いでいる。今日は水彩らしい。
 フィルの仕事には、リックを除く全員が度肝を抜かれた。ニューヨークで活躍中の新進気鋭のアーティストとして、高永学園は教育学部美術科で臨時講師を勤めているのだ。なぜ美大ですらないこの学園でかと言うと、ひとえにリックを追いかけてきたからだという、つまりひとことで言うと、愛だ。
「なんかもうボクだけいいように使われて損したってカンジー。いつの間にか黒川サンとトモエは付き合ってるし、テディは本命に夢中だし」
 ムカツクー、と言いつつも既に諦めたのだろう、リックは怒るでもなく怠そうに愚痴るだけだ。

「そう言えば、結局はじめの契約はどうなったの?」
 ふとリックに話を振られて、森永はきょとんと過去問にチェックを入れていた手を止めた。はじめの契約_____そもそも森永は彼らから宗一を誘惑してくれと頼まれたのだった。成功すれば礼をすると言われてもいたが、詳しい話をする前に森永が恋に落ちたので、すっかり立ち消えになっていた。
「森永くんは宗一くんを落としたわけじゃないんだから、履行されたとは言えないよな」
 当初はゲイ嫌いの宗一が男によろめいた、という証拠を捏造でもいいから用意して黒川らの交際を認めさせようかということも考えていたが、色々事情が変わった。あとは成り行きを見守るだけだと磯貝は思っている。
「でもテディ、ソーイチさんのエッチな写真持ってたじゃない。あれで文句言わせないようにすればいんじゃナイの?」
「え、写真撮ったの?」
「や、あれは……てかなんで知ってるんだよ」
「こないだケータイで見てるの後ろから見たモン」
 悪びれなく言ったリックがひょいと手を伸ばして、森永が机の隅に置いていた携帯電話をつまみ上げた。素早く操作して画像フォルダを開く。
「やめろってリック!」
 取り返そうと立ち上がって振り回した森永の手は空を切った。リックがきゃらきゃらと笑いながら教室内を逃げ回る。磯貝はやれやれと溜息をつき、フィルの水彩画を眺めた。モデルがいなくなっても気にしないらしく、磯貝には人にすら見えない何かの形にせっせと色を置いている。わあわあ言いながらやっと追いついた森永がリックのパーカーの裾を掴むと、リックは羽織っただけのパーカーから器用に片袖を抜いて、携帯電話の画面を天井に向けてかざした。
「返せって!」
「ほら見てスゴイ_____ 」
 言いかけたリックがびく、と身体を揺らして動きを止めた。手から携帯電話が転がり落ちる。画面を晒した電話はクルクルと回りながら床を滑り、出入り口で溝に引っかかって止まった。凍りついた空気に、ゆっくりと戸口を振り返った磯貝が見たのは、腰をかがめて足元の携帯電話を拾う宗一の姿だった。

「せ……先輩」
 森永の掠れ声に宗一は反応しなかった。激怒するだろうと皆が思ったが、案に反して無表情のまま画面を見つめている。森永がカラカラに乾いた口唇をいったん閉じて湿し、再度呼びかけようとしたとき、宗一が足を踏み出した。躊躇なく進み出ると真っ直ぐフィルが画材を広げている机に向かい、筆洗い用のバケツに携帯電話を突っ込む。そしてそのまま踵を返した。
「待って……先輩!」
 弾かれたように森永は、宗一を追って教室を飛び出した。リックと磯貝は顔を見合わせて嘆息する。まさか宗一が来るとは思ってもみなかった。フィルは浸水で電源の落ちた携帯電話をバケツからつまみ上げると、絵の具の染み付いたボロ布にそっと包んだ。



「センパイ待って!待って下さい!」

 宗一が1123教室に行ったのは、ほんの気まぐれだった。たまたま工学部の横を通ったし、巴の顔をずいぶん見ていないし、森永が放課後の空いた時間はそこで試験勉強をすると言っていたし……それでなんとなく寄ってみようと思っただけだった。
 そういえばロボコンサークルには宗一の名前も登録されているが、今まで参加したのは打ち上げの一回だけだ。この学園の高等部に入学してから今年で9年目になるが、工学部の一般教育棟に入るのは初めてだった。
 知らない建物内では、さすがにいつものスピードでは歩けない。きょろきょろしながら二階へ上がり、”1123”の表示を見つけたところで、開きっぱなしの引き戸の向こうから聞こえる声に足が止まった。

_____結局はじめの契約はどうなったの_____
_____森永くんは宗一くんを落としたわけじゃないんだから、履行されたとは_____
 耳に入ってくる会話がどうにも理解できない。言葉は確かに耳から入って脳に納められたが、知らない言語のように意味を取ることができない。
 そのうち教室内でなにやら騒ぎになって、足元に携帯電話が滑り込んできた。反射的に受け止めようとして、画面に映し出されている画像が目に入る。その瞬間、すべてが腑に落ちた。さっきからただ反復していた会話の意味も、物好きだと思っていた森永の行動の理由も、すべて。

「……お願いです!」
 後ろから掴まれた腕を、宗一は即座に振り払った。怒っている_____のは自分に対してだ。なぜ疑わなかったのか。やたら自分に目を掛けていたあの准教授にも裏があった。優秀だ、将来が楽しみだと言ったのと同じ口で、研究者として陽の目が見たいなら言うことを聞けと脅かす。森永も同じだ。宗一のおかげで研究の楽しさを知っただなんて持ち上げて、宗一が気を許すのを嗤っていたのだ。変人だの人嫌いだの言われている自分の懐に入り込むゲーム。さぞかし面白かっただろう。

「あの……写真はほんと、出来心で」
 勢いで振り返った宗一と向かい合い、言葉を探して森永は口ごもった。宗一がどこから聞いていたか分からず、謝りどころが判然としない。宗一に黙っていたことの全てを申し訳ないとは思っているが、感情的になっている今、一から長い説明を聞いてもらえるとも思えない。
「誰かに見せるつもりなんてなくて。ただ先輩の写真が欲しくて……悪いことだって分かってます!本当に……すみま」
 最後まで言うことなく、森永は自分の見込み違いに気付いた。宗一の目に涙が浮かんでいるのを見てしまったからだ。
 森永がこっそり写真を撮っていたくらいではそれほど傷つくまい。すでに森永はカミングアウトして、宗一を恋愛感情で好きだということを認めたのだから。ではやはり聞いていたのだろう。森永が宗一のあられもない姿を隠し撮りし、それをネタに何かを強要しようとしていた、そういった趣旨の会話を。森永は誤解だ、と言おうとしたが口には出せなかった。何故なら、始めはそのつもりだったのだから。それに感情はどうあれ、宗一を傷つけた事実は動かない。森永が思っていた以上に、宗一は森永を信用してくれていたのだ。なのに森永は裏切った。古傷を抉り、更に生々しい痕を残した。
 宗一はギリギリと食いしばっていた口を僅かに開き、何か言おうと唇を震わせ、結局何も言わずに背を向けた。森永は金縛りにあったように立ち竦んだまま、引き留めることも出来ずにただそれを見送った。


 その日宗一は工学部からまっすぐ自宅に戻った。帰り道のことはほとんど覚えていない。元はと言えば用事で研究室を空けたので、ある程度キリをつけた状態だったものの、やりかけの実験を放り出して帰ったのは入学以来初めてのことだった。


                  →13へ






スポンサーサイト

コメントの投稿

Secret

検索フォーム
暴君時計
ゆずるさんから頂きました♪