PSS【10 Things I Love About You 13】

第13話です。



キタよ!きたきた!キタ ━━━ヽ(´ω`)ノ ━━━!!
暴君電子版7巻が出たよ!※レンタさんの情報です
6巻が出てからまた9ヶ月待たされるかと思いましたが、8ヶ月で済んだよ!Σd(゚∀゚)8巻来週にでも出して(;´༎ຶД༎ຶ`)



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 目が覚めた。
 ゆっくり瞬きをすると、少しずつ身体が周囲を把握していく。自分の部屋、いつもと同じ朝。何か夢を見ていたような気もするが思い出せない。断片でも残っていないかともう一度目を閉じてみたが、たった一瞬前のはずの記憶はまるで抽象画のように掴みどころがない。
 諦めて宗一は気怠く起き上がり、ベッドに座りなおした。時計を確認すると、起きる予定の時刻より一時間近くも早い。窓辺に目をやれば時折り微風に煽られるカーテンからは明るい陽光が漏れ、9月に入ってもいまだ衰えない蝉の声と共に爽やかな夏の朝を演出している。机の上にはリュックと、昨日脱いで乱雑に置いたシャツが丸まったまま。宗一は眼鏡もかけず、しばらくぼんやりとその光景を眺めていた。


 普段どおり着替え、洗面を済ませ、台所に行く。前日の夜、夕食とともに伯母が段取りしておいてくれる朝食を仕度するのも手慣れたものだ。一皿にまとめて盛り付けてあるおかずを電子レンジで温め、味噌汁の鍋を火にかける。米は気温の低い季節にはタイマーで炊飯するが、夏場は冷凍したものを、これまた電子レンジで温める。飯の供は冷蔵庫を覗けば常に何がしかあった。
 宗一が鍋の茶色い液面を見守っていると、パジャマ姿の巴が暖簾を捲って顔を覗かせた。起きたばかりらしく目をしばしばさせている。
「おはよう、兄さん」
「おはよう」
 手振りで確認すると巴が頷いたので、弟の分も味噌汁を注ぎ、もう一つタッパーをレンジに投入してから宗一は食卓についた。しばらくすると、顔を洗って小ざっぱりした巴が戻ってくる。同様に食事の準備をして、宗一の向かいに座った。
「今日早いね。試験の準備?」
「いや、早く目が覚めたんだ。まだ結構余裕ある」
「そっか、僕は今日昼から。食器は水に浸けといてくれたら一緒に片付けるよ」
「すまんな」

 ぽつぽつと会話をしながら朝食を終えると、宗一は席を立った。シンクに食器を片し、蛇口から水を落とす。
「兄さん……森永さんのことだけど」
 一瞬だけ、水栓を閉めるのが早すぎた。その名は水音に邪魔されることなく宗一の耳に届き、聞こえなかったふりはもう出来ない。
「結局連絡は取ってない?」
「別に用がないからな」
 森永からは、巴を通じて新しい携帯電話番号を知らされた。”いつでも手伝うので電話下さい”と添えられたメモは、すぐ細かく千切って捨てた。どのみち森永に電話したことなどないのだ。しなくても森永は毎朝毎夕顔を出していたから、直接話せばそれで済んだ。その頃だって今だって、手伝いは無ければ無いで構わない。ずっとひとりでやってきたのだから。
「森永さん、一生懸命勉強してたよ。きっと合格すると思う」
「そりゃ良かった。……俺には関係ないが」
「関係ないってことないでしょ」

 巴は突然家に帰ってきた。黒川と別れたのかと聞けば、そうではないが宗一が納得するまで直接は会わないと言う。理由は言おうとせず、だが宗一には都合がいいので、追及はしなかった。時折り宗一に対し気遣わしげな様子を見せるので、1123教室での出来事を聞き知っているのかもしれないとは思うが別に構わない。自分は傷ついたわけでもないし、実際的に被害を被ったわけでもないからだ。森永らがなにかを企んでしくじった、ただそれだけ。

「兄さん」
 かたり、と音がした。巴が箸を置いたのだ。改まって呼びかけられて、宗一はしぶしぶ向き直った。シンクに寄りかかり腕を組む。
「本当は兄さんもわかってるんでしょ?きっかけはどうあれ、森永さんの気持ちにウソなんてないよ」
「……すっかり騙されたもんだな」
 弟の純真な瞳を見ていられず宗一は視線を逸らしたが、どうしようもなく笑えてきて口元を押さえた。兄弟揃ってなんて簡単なカモだ。胸の奥から何かがこみ上げてきて、くつくつと喉を鳴らす。
「おまえは知らないんだ。あいつら」
「知ってるよ」
 その落ち着いた声音に、吐き捨てようとした言葉を呑み込み、宗一は巴の顔を見つめた。
「知ってる」
 庇護すべき存在。危険から身を守れない、世間の厳しさも知らない、まだ年若い弟。そう思っていた巴の微笑みはやけに大人びていて、宗一を戸惑わせた。いつの間にこんな表情をするようになったのか。
「黒川さん達は軽い気持ちでやったことだけど、兄さんには悪いことをしたと思う。話を聞いてどうしても許せなければ、僕はもう黒川さんとは会わない」
 少なくとも黒川さんはその覚悟で全部話してくれた、と巴はそこにいない男を愛おしむように目を細めるので、宗一は更に落ち着かない。本当のことを言うと、宗一がどれだけ反対したところで巴は好きなようにするだろうと思っていた。幼いときから大概そうだったからだ。すぐ弱気になるくせに、すぐ泣くくせに、芯は驚くほど強くて意志を貫き通す弟だから。
「だから兄さんも、ちゃんと考えて答えを出して欲しいんだ。僕のためだとか関係ない。兄さん自身の気持ちを大事にして」



「机の番号と受験番号を再度確認して下さい。机の上に不要なものは置かないように。今から問題用紙を配りますが、合図があるまで表を見ないようにして下さい」
 進行係を務める助手が説明するのに従って前列に用紙を配り、後列に回されていくのを見守る。足りない列はないか、質問のある者はいないか。進行や問題用紙の管理は助手の仕事なので、宗一ら院生の役割は会場準備や用紙の配布、見廻りなどである。
 教壇に立った助手が時計を確認している間に、教室後方隅に用意してある椅子に着席する。脚を組み、宗一は教室を眺め渡した。ここから不審な動きがないか目を配りつつ、適当なところで巡回すればいい。左前方には森永の姿もある。後ろに下がるまでの間じゅう、視線を感じていたが目はやらなかった。
 開始の合図。一斉に用紙をめくる音がバサバサと教室に響く。すぐに静まり返って、かわりに満ちる緊張感に宗一はそっと息を吐いた。

 巴の話を聞くだけ聞いて、そのまま登校した。時間が迫っていたのもあったが、どう反応するべきか分からなかったのもある。巴は結論を急がないと言ったが、宗一が許せない、黒川とは別れろと言えばそれで終わりじゃないのか。宗一の思い通りに_____それでいいはずだ。あとは放っておいても半年もすれば奴らは卒業するし、留学生はそのうち国に帰るだろう。全員バラバラになって、だが宗一は学校に残るつもりだから巴を卒業まで見守ることができる。はっきり引導を渡してやれば、森永だって就職するに違いない。その方があいつのため____だがなぜ宗一が森永のためを思わねばならない。むしろ報復することを考えれば、許したふりで傍に置いてやって、森永が油断したあたりで手酷くフってやればいい。巴が言うように森永が真剣に宗一に惚れているのだとしたら、効果はてきめんだろう。
 後ろ姿が並ぶ教室の中でも一際目立つ幅の広い背中は、肩を丸めてTシャツに肩甲骨をくっきりと浮き立たせている。時折り考え込むように上を向く仕草は、実験中にもたびたび見かけたものだ。大きくて指幅もあるのにゴツくは見えない手が、覚えがあるより短くなった黒髪を弄ぶ。そういえば森永はでかい図体の割りに器用で細かいところによく気がついた。この男が来なくなってからの実験室はやや荒んだ印象がある_____きちんとサイズごとに並べられたガラス器具や洗い物の溜まらないシンクや埃の拭き取られたデスク、薬品こぼれのない電子秤_____仕方がないなぁ先輩は。俺やっときますよ_____甘やかすような声音で、目元を緩ませて。頬をすべって耳の後ろをなぞる指の感触_____これはいつの記憶だ?
 取り留めのない思考は誰かの咳払いに中断された。宗一は頭を軽く振り、見廻りをするために立ち上がった。



「失礼します。文献お持ちしました」
「すまないね、そこに置いておいてくれ」
 宗一が教授室に入ると、福島教授は本棚の前に立ち、古い読本のページを繰っていた。言われた通りデスクの端に図書室から借り出してきた雑誌類を積み上げると、横に”大学院入試解答用紙”とラベルの貼られた封筒が置いてあった。赤ペンで大きく「済」という字が書かれ、丸で囲ってある。院試からもう十日が経つ。すでに合否は確定しているだろう。
 なんとなく去り難く雑誌を整えていると、戻ってきた教授が読本をデスクに置き白衣を脱いだ。出かけるらしい。
「そう言えば巽くん、森永くんと親しかったよね。彼なにか悩みでもあった?」
 唐突な問いに、宗一はやや狼狽えた。あれだけ宗一のもとに出入りしていたのだし、教授に直接相談ごとをしていたと言うから知り合いであることは当然周知のはず。だが悩みとは、まさか森永が宗一への気持ちまで教授に打ち明けていたとは考えにくいが。
「親しいと言うか……よく手伝ってもらってはいましたが、最近は」
「試験勉強で忙しかっただろうしね。しかし、うーん」
 思案顔の福島教授は歯切れが悪い。単に学力が足りなかったということではないのだろうか。
「あの……森永はダメだったんですか」
 ほぼ確信を持ちつつも宗一は教授に向かって首を傾けた。しかし大口叩いておいて、という感が否めない。
「それが今ちょっと保留なんだ」
「保留」
 オウム返しにした宗一を困ったように見やり、教授は答案の入った封筒を手に取った。下敷きになっていたプリントが一緒に持ち上がり、机の上に滑り落ちる。
「彼ほぼ全科目で満点取ったのに、解答用紙に余計なこと書いたもんだから問題になって。普通は失格だけど、優秀な人材は惜しいし」
「余計って」
「それがねぇ、ラブレターみたいでねぇ。ほんとになんでこんなところに書いたのか。心当たりない?」
 教授は落下したプリントを摘み上げると宗一に手渡し、会議に出席するため出て行った。取り残された宗一は手の中にじっと目を落とした。
 解答用紙の一部を拡大コピーしたらしいそれには設問と思しき印字とともに、読みやすいゴシック体で十数行の英詩が書かれていた。タイトルは10 Things I Love About You_____

 行を追うごとに眉間の皺は深くなる。読み終えたとき、宗一の表情はすっかり苦虫を噛み潰したような渋面になっていた。
「あの、バカ」
 呟きの落ちた両手の中で、紙片がぐしゃりと音を立てた。




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