SS【Cherry Boys be Ambitious!】

本日さくらんぼの日ということで・・・



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前回非公開で初コメ下さった方がいらっしゃいました。ありがとうございます!(*´ω`*)ムフ




Cherry Boys be Ambitious!




「今年もこの日がやって来たぜ!野郎ども用意はいいか!」
「うおおぉお!」

 6月某日、昼下がり、M大の学食である。
 遅めの昼食を摂りに来た宗一と森永は、およそ場所に似つかわしくない号令と続く野太い吠え声に、皿の中身を口に運ぶ手を止め食堂の隅に目を向けた。

 もうすぐ食事の提供時間は終わろうという頃合いだが、夕方まで売店もやっているしサーバーの水やお茶は飲み放題だしで、たむろしている学生は常に何グループかいる。その中でテーブル二組を陣取っている7、8人が突然何かを始めたのだ。叫んだ後、彼らはそれぞれ気合を入れたり準備体操をしたり騒がしい。普通の飲食店なら店員に注意もされようが、ここは大学。周囲は迷惑そうにするでもなく、面白がって遠巻きに見ているだけだ。

「なんだありゃ」
 訝しげに眉根を寄せた宗一と違い森永は、あぁもうそんな時期か、と得心顔だ。目に疑念を浮かべたまま小首を傾げ、無言で説明を求める宗一の仕草に苦笑し、森永は着席し始めた件の学生グループに目を戻した。
「あれ、実はオレらが学部一年のときから毎年恒例なんですよ。今年で最後だもんなぁ……」
 オレら、というからには彼らは森永の同級生なのだろう。宗一が目を凝らすと、そう言えば二人ほど見知った顔がいる。そのうちの一人は山口だ。

 修士2年に上がって二ヶ月、森永の学生生活は残り一年を切った。博士課程後期に進むつもりだった頃には気に留めなかったようなことも、これで最後だと思えば感慨深いようだ。宗一と肩を並べる実験台、友人との気楽なやりとり_____森永は最近なにかと感傷に浸りやすい。それにしたってあれは遠い目で見るような光景ではないだろうと、宗一などは思うわけだが。

「ちょっと覗いてみましょうよ。さ、食べちゃって下さい」
 結局アレがなんなのかという説明はないまま促され、宗一は食事を再開した。どうせ皿上に残りは僅かだし、研究室に戻らねばならない時間にはまだ間がある。さっさと食べ終わって食器を片付けて戻る道すがら、様子を見て行くくらいの余裕はあるのだ。


 まばらな見物人の間から顔を出してみると、彼らは今度は打って変わって静かだった。全員がテーブルにつき、真剣な顔で口をモゴモゴさせている。森永の姿に気がついた山口が片手を上げ、宗一には会釈をしてみせた。しかし生真面目な表情は崩さない。
 各々の前にはさくらんぼのパックがひとつ、小皿が一枚ずつ配られている。そこに載っている種やら茎やらの数からして早食い競争ではないようだ。しかしテーブルの隅には開封済みのダンボールが一箱置かれていて、森永がフラップをめくってみせると、中には未開封のパックがまだみっしり詰まっていた。
「実家がさくらんぼ農園やってる奴がいて、毎年この時期大量に送ってくれるんですよ。で、さくらんぼの茎を口の中で結ぶっていう競争を」
 見れば彼らは一様に顔を引きつらせ、上の方に目をやって眉間に皺を寄せている。一心に口内で舌を動かしているのだ。
「アホくさ……」
 心の底から呆れた宗一が呟くと、森永は軽く笑って山口に目配せした。
「二、三パック分けてもらって研究室で田所くんたちと食べましょうか。どうせいつも余りますから」
 山口が指でオッケーサインを作るのを見て、宗一は素直に頷いた。宗一は甘い菓子などは苦手だが、案外フルーツは喜ぶことを、森永は知っている。


 箱を開けてパックを取り出していると誰かの携帯のアラームだろう、電子音が鳴り、参加者たちは大仰な溜め息とともに茎を皿に吐き出した。
「ああ〜ダメだ〜」
「俺けっっっこう惜しいとこまでいくんだけどな〜」
 山口の皿には辛うじて輪になった茎がひとつ、散らばる苦心の痕跡から離して大切そうに置かれている。周りも似たようなもので、一番多い者でようやくみっつだった。

「巽先輩!去年のリベンジはいかがっすか?」
「去年の?」
 なんだか投げやりな口調の山口から突然振られて、宗一はきょとんと目を丸くした。なんのことやら分からず森永の顔を見たが、こちらも不思議そうに首を横に振るだけだ。
「憶えてないですかぁ?去年飛び入り参加したじゃないですか」
「知らねぇな」
 だいたい去年の今頃なぞ、山口を認識していたかどうかも怪しいものだ。そういえば宗一とこんな風に普通に接する者はずっと森永だけだった。森永がいなければ口を利くこともなかっただろう山口や田所や美春や……森永の置き土産はきっちり整頓された薬品棚とその管理システムだけではないらしい。

「全然出来なくて、しまいには茎食っちゃってたでしょ」
 憶えてないんすかぁ、と苦笑する山口は良い就職先が見つからず、とりあえず進学することにしたそうだ。先日コピー室で一緒になったとき、あと三年間よろしくお願いしますと深々頭を下げられた。森永は自分で就職を決めたくせに、それこそ森永が羨ましいはずの山口を羨んで、一時はたいそう面倒くさかった。

「俺はいい。お前やっとけよ」
 宗一はちらりと腕時計に目線を走らせ、その場を離れようとした。恒例だと言うからには森永も参加する予定だったのかもしれない。正直くだらなさすぎて、記憶になくとも去年参加したらしいことを悔やみたいレベルだが、森永が想い出を作りたいのなら好きなようにさせてやるくらいの時間は……今ならあと30分ある。
「や、俺は」
「駄目ですよ森永は!」
 足を踏み出しかけた森永を遮って、山口がしっしっ、と手で追いやる仕草をする。森永が何も言わないうちから、随分と邪険な扱いだ。
「ギネス記録に迫る勢いで結びやがるんで。さくらんぼが勿体ないしムカつくんで殿堂入りです。三年目から不参加!」
「ほう。ギネスっつーのは何本だ」
「3分間で39本です。森永の最高記録は32本」
 テーブルから一斉に上がるブーイングに押されるように、森永は引き顏で一歩下がった。確かに茎に結び目を作れるくらいでこれほどの顰蹙を買ういわれはないだろうが、しかし。

「よし」
 空いている椅子を引いてテーブルについた宗一に、周りはざわめいた。
「え、先輩やるの?!」
「たりめーだろ。お前に出来て俺に出来ん筈がないわ」
 まあ一言で言えば宗一の意地だ。出来たところでなんの役にも立たないとしても、森永に負けるのは腹立たしい。別にそう難しそうにも思えないのに。

「一応確認しますけど、練習とかしてないですよね?」
 山口が宗一の前に小皿とさくらんぼのパックを用意した。簡単に結び方をレクチャーしてくれる。
「するわけねーだろこんなこと」
 言うが早いか宗一はパックからさくらんぼを一粒摘まむと口に放り込んだ。まずは種だけを小皿に吐き出す。
「いや〜去年全然だったのに、いきなり出来るようになったりは」

 山口は増え続ける見物人が気になり始めた。自分から誘っておいてなんだがそもそも大勢の前でやるつもりはなかったから、こう注目されると気が引ける。去年は何やら騒いでいる自分たちを宗一が迷惑そうに睨んだものだから賄賂のつもりでさくらんぼを差し出し、ついでに趣旨を説明したのだ。くだらんな、と言いつつ試した宗一は四苦八苦の末、イライラMAXで戻っていった。その姿の再来は勘弁願いたい。
 山口の不安をよそに、あちこちで呼び交わす声が聞こえ、携帯電話で友人を呼び出している奴までいる。農学部の怒れる魔人がこんなイベントに参加するだなんて、確かに奇跡的で希少な光景だろうが、まさかもし宗一を見世物にするような_____もっと言えば恥をかかせる結果になってしまっては申し訳ない。と言うか後が怖い。
 助けを求めて森永に視線を投げかけても、親友は至極興味深そうに腕を組んで宗一を見つめているだけだった。焦りだした山口の前に、宗一が舌をべろ、と突き出す。

「……なってる……」
 肉薄でやや尖った薄赤い舌の上、その先には見事な結び目が載せられていた。
「去年のあれは何だったんですか?!」
「だから知らねって」
 エキサイトする山口をよそに、宗一はもう一粒を口に入れた。種を出し、もごもごと口を動かす。

「なんだ簡単じゃねーか」
 次々と宗一の口から、見事な結び目の茎が吐き出される。人垣からどよめきが上がり、いくつかシャッター音まで混じる。
 山口の眼差しは、困惑から羨望へと変わった。驚きを綯い交ぜにして、宗一をまじまじと見る。
「巽さん……彼女できたんすか。いつの間に。あんなに忙しいのに。すげー……」
「は?いや……」
 宗一はさくらんぼを口に入れたままポカンとした。なぜそこに繋がるのかまったくわからない。それに突然聞かれてもその質問に対して_____少なくとも森永の存在は”彼女”には当たらない_____否と言うべきか応と言うべきかわからない。

「だって他にないでしょう!俺らは実地でしか練習しないことってルール守ってるけど……いや、相手がいないから実地練習をすることもできないんだけど……」
 だんだんと声が弱くなり、山口はううっと泣き声を出すと手で顔を覆ってしまった。テーブルについた男どものほとんどは切なげに目を逸らす。
「意味わかんねえ。なんなんだ実地とかって」
 声を尖らせた宗一にビクつきながら、それでも怯まず山口は指の間からぼそぼそと説明した。いつの間にやら随分と宗一の癇性になれたものらしい。
「実地ってつまりベロチューです。茎を口の中で結べる奴はキスが上手いんですよ。舌使いって言うのか……」

 宗一は停止した。
 森永が一歩後ずさった。
 瞬時に椅子から立ち上がった宗一が振り向きざまに、森永を思いっきり殴る。予測していたにも関わらず避けきれなかった森永は、左頬に拳を食らって食堂の床に沈んだ。さっと人垣が割れる。

「いってぇ〜」
 出入り口に向かって猛スピードで突進する宗一を見送って頬をさする森永を、しゃがんで覗き込んだ山口は呟いた。
「なんでおまえ嬉しそうなの……?」
 森永は口の端を腫らして、そのくせニヤニヤと顔を緩ませていた。はっきり言って気持ち悪い。
 Mなの?山口は心中でも問いかけたが、そこは曖昧なままのほうがあと三年間を平和に暮らせそうだと感じている。うっかり目にした宗一の赤面は、記憶から消すことにした。




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 私は山口くんが院に残ってくれたらいいなと思っています。そして頻々と兄さんに会いに来る森永くんに、呆れたりツッコんだりしていただきたい。



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