WSS【清廉であれと魔女は笑う 1】

タイトルを見てピンと来た方、正解です。

振り返ればもう3年も前のことなのですね。六条さんの記事に魔女が現れたのは。皆さんは妖艶なる美女に翻弄される兄さんと森永くんを、ハラハラしながら見守っていたことでしょう。私もその一人でした。
残念ながらあの物語は未完のまま姿を消してしまったのですが、別件でお話しさせて頂いていた折りに諦め悪く話題に乗せてみたところ、良かったら続きを書いてみないかと・・・Σ(Д゚;/)/…エエ!?
そんな大役を果たせるだろうかという不安はありつつ、埋もれさせてしまうのはあまりに勿体無く「やってみます」と・・・発声したものの、その後私自身書くことに注力が出来なくなっていき、結局これほどに時間が経ってしまいました。
3年、長いですね。その間に連載もあり、兄さんと森永くんの置かれた環境も変化していきましたが、このお話で描かれたテーマはいまだ健在なように思います。

リライトにあたって六条さん独特の語り口調は変えざるを得ませんでしたが、セリフや流れはなるべく変えずに、けど「自由に!」と言っていただきましたので、悩みながらも私なりの解釈を添加しつつ凍結・撹拌したものに六条さんが美しい絵皿を新たに用意して下さいました。
Rokujo & sorbeT、久方ぶりのコラボ商品です。
お口に合えば、さいわい。








清廉であれと魔女は笑う




 チューリップ、菜の花、マリーゴールドにヒヤシンス。見渡せば春を彩る花が様々に植えられている。宗一は薄いジャケットのポケットに手を突っ込み、ゆっくりと歩きながら大きく深呼吸をした。
「久し振りに来たな、ここ……」
 自宅から車で一時間ほど、花に満ちた公園。母は花を好み、父は花に寄り付く虫を好み、弟は駆け回るだけで喜んだ。最後に来たのは妹が歩き始めたばかりの頃だったろうか。いつの間にか来なくなったが、その理由は憶えていない。父の仕事が忙しくなったからだったか、自分の学業が忙しくなったからだったか。

「宗くん、こんなところにいたの」
 前方の遊歩道からひょいと顔を出したのは母だった。我が母ながら、いつまでも少女のように可憐な女性だと思う。白いワンピースに若草色のカーディガン、つばの狭い帽子を被って手招きをする姿は実年齢より十は若く見える。
「もうお弁当にするから、早く。みんな待ってるわよ」
 別れて散策しているうちに思いのほか時間が経っていたらしい。それとも朝から重箱を覗き込んではソワソワしていた誰かの腹が限界を迎えたか。だが確かに自分にとっても頃合いだと素直に頷き、宗一は背後を振り返った。
「おい」
 行くぞ、と続けようとして宗一は言葉を切った。そこにいるはずの背の高い後輩の姿が見えない。いつの間にいなくなったのか、記憶を辿ってもつい先ほどのことのはずなのに思い出せず、首をひねる。
「母さん先に行っててくれないか。森永と合流してから行くから」
 きっと飲み物でも買っているか、トイレかだろう。少し待てば追いついてくるに違いない。
「森永くんもみんなと一緒よ。ほら、行こ」
 母は宗一の手を取ると、そのまま引いて歩き出そうとした。いやに急いている。突っ立ったまま動こうとしない宗一をもどかしげに見上げ、もう一度はやく、と繰り返す。

 何かがおかしい。奇妙な落ち着かなさに宗一は目線を落とした。母の膝下で揺れるワンピースの裾が、やけにゆっくりと視界を横切る。
 不意に、指先が震えた。
「そんなわけない。ここに来なくなったのは母さんが死んだから……」
 違和感の正体が分かった。母の口から森永の名が出るわけがない。森永と知り合ったのは母が亡くなってから数年も経った後なのだから。若く見えるのも道理、その姿は記憶に残る末期の母から少しも老いていないのだ。

 ざわ、と花が一斉に揺れた。強い風が吹きつけて花びらを散らす。不自然なほど一方向に流れた風がやがて渦を巻く。
「やれやれ、難儀なことだ」
 思わず目を覆った宗一の腕の向こうに見え隠れする白いワンピースが空気をはらんで舞い踊った。俄かに周囲には酔いを誘うような香りが満ち、それは風に吹き攫われることもなく宗一の呼吸に絡みついた。濃厚な甘い香り……毒々しさが滴るほど。なんとか目を上げると、母は見たこともないような妖しい表情を浮かべていた。にぃ、と口の端が上がる。
 唐突に風が止んだ。渦巻いていた花びらが霧へと姿を変え、視界を遮る。
「なかなかに手強い」
 その声は母の立っていたあたりから発せられた。声も、近づいてくる人影も母のものとは似ても似つかなかったが。間近でようやく輪郭のはっきりした姿を見た途端、宗一の身体は金縛りに遭ったかのように動かなくなった。

魔女1a

 女は背が高かった。ドレスのような薄布を纏ってはいるが、肌を隠すためと言うより逆に晒すためのように、それは彼女の身体の線を強調している。豊かな胸は申し訳程度にしか覆われておらず、一歩進むたびに深いスリットから形の良い脚が露わになった。
 なめらかな肌は抜けるように白く、髪飾りで軽くまとめ上げて残りを垂らした黒髪は、膝裏に届くほど長い。顔の右半分が髪で覆われているぶん、くっきりと長い睫毛に縁取られた大きな左目は印象的だ。こぼれ落ちそうな瞳はアンバー、目尻の切れ上がった狼の眼。
 女は迷うこともなく凍りついたままの宗一の傍らに寄り添い、恋人のように身体を強く押し付けた。慣れない甘い香りと柔らかな感触に、宗一はピクリと身を震わせた。唯一硬い感触を伝えてくるのは薄紫の衣装にあしらわれたアメジスト、大きな宝玉を囲んで腕まで連なった真珠の飾りを揺らして、女は吹き乱れた薄茶の髪に長い指を差し入れた。
「変わった毛色の魂を持っているな、ソウイチ」
 愛撫だと思えるほどの優しさで、指はするりと髪を解くと数度くしけずった。次いでくん、と髪を掴んで宗一の顎を上げさせる。長身の部類に入る宗一より更に高い位置から、女は褐色の瞳を覗き込んだ。
「気に入った、私のものになるといい」
 その拍子に流れた黒髪の隙間から覗いた女の右目は、塗り潰されたような漆黒だった。人間にはあり得ない、まるで鳥の瞳孔のような。

「お前の望むもの全てを与えてやろう」

 耳孔を舐めるように囁く声はやや低く、耳触り良く艶やかに脳裏まで響く。まるで声に抗う気を削がれたかのようだった。宗一は女の手が促すままにその場に座り込み、妖艶な肢体が膝に乗り上げるに任せた。基本的に他人の美醜に関心の薄い宗一から見てもその女は毒々しくも美しく、高圧的な物言いはむしろその容姿に相応しく、気高いと言っていいほどの雰囲気を醸し出している。
 しかしその品格とは裏腹に、女の指は淫猥さを隠さない動きでシャツの上からゆっくりと宗一の肌をなぞり上げていく。寄せられた唇は頬の産毛に触れる距離で、甘く誘惑の言葉を囁いた。
「さぁ……何を望む?」
 女の言葉は周囲に満ちた霧のように頭を支配した。宗一は霞む視界に目を細め、導かれるままに思考を凝らす。

 _____欲しいもの……時間、かも知れない。
 いつだって追われてばかりだ。
 それに……

「いいだろう。美しいまま肉体の時間を止め、終わることのない生を与えよう。好きなだけ時間を使うがいい、ただし私と過ごす合間にな。それに、なんだ?」
 どんな不思議だろう、女は心の中まで見通しているようだった。口に出した筈はない望みに、吐息のような声で優しく続きを促す。

 _____それに最近は森永とゆっくり過ごす時間も……

「モリナガ?」
 女の口から出た名前は禍々しい響きを伴った。それを聞いた瞬間、ぼやけていた宗一の眼が焦点を結んだ。取り戻した意識は考える間も無く腕に力を籠める。
「触るな……!」
 既にベルトを外し、素肌まで入り込んでいた女の手は荒々しく振り払われた。女は驚くでもなく、相変わらず穏やかな笑みを浮かべたままだったが、漂う空気の色はみるみると沼底に溜まる澱のようなどす黒さに変わり、その笑みを凄惨な色に染め上げた。
「拒むか?私のものにはならないと……?」
「聞いてるだけで胸くそ悪りぃ」
 吐き棄てた宗一に向かい、女は微笑みの形をしていた口角をやおら切れる程に釣り上げた。鮮やかに紅い唇の狭間から、鮫のように鋭く尖った歯先が覗く。
 「そうか、それは尚のこと面白い。私を拒んだ代償……安くはないぞソウイチ」
 色違いの双眸が凶悪な光を宿す。高笑いを響かせる女はそれでもなお美しく、まるで物語に出てくる魔女そのものの怖ろしさだった。



「ってとこで目が覚めたんだけどな」
「……な、なんなん……なんなんですかその、その夢……」
 青ざめて涙を浮かべる森永を見て、宗一はやはり言いたかったことは伝わらなかったのだと悟った。勿論この反応は予想していたし、多少のバツの悪さもあって夢の内容はかなりかい摘み、必要以上に触られたことは伏せたのだったが全く意味をなさなかったらしい。

 その日、朝食の席で話を振ってきたのは森永のほうだった。宗一より早く家を出る森永が準備をし、一緒に朝食を取ってから宗一が後片付けをするのが森永が就職してからなんとなく出来た習慣なので、共寝をしなかった場合は一日で最も確実に顔を合わせられる時間だ。森永にしてみれば恋人の健康状態に気を回すのは至極当然のことで、顔色が悪いのに気付けば放っておける筈もない。血圧が低く何かと睡眠時間を削りがちな宗一には珍しいことではないにも関わらずしつこく原因を探ろうとする森永を「別に」「気にし過ぎだ」とかわすのが常の宗一だったが、今朝は眉を寄せると昨日見たという夢の話を始めたのだ。それは宗一にはなかなか珍しい話題と言えよう。

「いやだから、それがやたらにリアルで未だに感触も_____」
 ぷつん、と森永から何かが切れる音が聞こえた気がして宗一は言葉を途切らせた。こうなるともう、まともに話など出来やしない。
「いやああー!やめてくださいやめて下さいよおぉ!そんな裸まがいの女の夢見るとかなんなんですか!なんでなんですか!そういうことなんですかあああッ!?」
「何がそういうことだっ!そんなこと言ってねーだろ!だからその夢がだなっ」
「だからやめてくださいいぃぃ聞きたくないですよおぉぉお〜!」

 完全に崩壊した森永を拳で黙らせ、宗一はそれ以上話すことをさっさと諦めて朝食の残りに専念した。しかしどうしても説明のつかない、納得できないことがある。すすり泣きを尻目に、宗一は箸を持ったままシャツの袖口を嗅いでみた。微かに洗剤の類いの香りがする。しかし控えめで、慣れた鼻にはもう香りとして認識されないほど自然なものだ。
 奇妙なことに、今朝目覚めたあと同じようにして嗅いだパジャマの袖口からは、女が身に纏っていた香りが漂っていた。その影響で変な夢を見たのかと考えもしたが、華やかで婀娜っぽく甘い_____今まで少なくとも家の中では嗅いだことのないようなキツい女性的な香りを、森永が洗剤にしろ芳香剤にしろ選ぶとは思えない。何かアロマテラピーだとか何とかを急に思いたったとか_____?結局疑問は晴らされないままに、ぶすくれて森永は出勤していった。
 だがその後もやけに生々しい夢の女の指先の感触と、それが森永のものでないことへの強烈な違和感や嫌悪感はなかなか消えなかった。この嫌悪感にまで言及すれば、森永が喜ぶだろうことは分かっていたわけだが。宗一は食卓に利用している小さなガラスの座卓の前に膝立ちして、しばし考え込んだ。夢は潜在意識の顕れだと言う。だとすれば、あの長い夢から読み取れる宗一の欲求とは、いったい何なのだろう。

魔女2a


 それから数日後_____いつも通り朝食の支度をしていた森永は、宗一の部屋の扉が開く音で振り返った。
「おはようござい……わっ!どうしたんですか!?」
 平日は着替えてから出てくるところをパジャマのままだったことも普段とは異なるが、驚いたのはそこではなかった。パジャマの布地の上から腕を掻きながら出てきた宗一の顔には赤い斑がびっしりと浮き出来ていたのだ。駆け寄った森永が慌てて布の隙間から覗くと、それはどうやら全身に現れている様子だった。
「蕁麻疹だな……何か変なもん喰ったっけな」
 首を傾げる宗一自身はそれほど頓着していない様子だが、森永はひどく胸騒ぎを覚えた。アレルギー反応にしては昨夜の夕食から時間が経ちすぎているし、生ものや珍しいものを食べたわけではない。思い当たる節もないのに症状は激しく、宗一の身体中に浮き出た紅い斑は僅かに隆起し、熱と強い痒みを伴っていた。
 煩わしげにバリバリと掻き毟る先から白い肌にいくつもの線が引かれるのを見て、森永は顔をしかめて宗一の手を取った。
「ダメですよ先輩、もう掻かないで。とにかく病院に行きましょう」
 仕事を休んで付き添うと申し出た森永を、宗一は心底呆れた顔で見遣った。
「子どもか、ひとりで行くだろ。たかが蕁麻疹だぞ」
「でも……」
「大丈夫だって。昔、巴も身体中にこんなのが出たことがあったけどな、病院行って薬飲みゃすぐに治る」
 取りつく島もなく、森永は追い立てられるように家を出た。宗一はぶつくさ言いながらも幸い午前中にこれといって急ぐ用事もなかったので、大学に連絡を済ませて皮膚科を受診した。しかし宗一が思ったように簡単には済まなかったのだ。




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