WSS【清廉であれと魔女は笑う 3】

第3話です。


前回、前置きもなく森永くんのアレなシーンがあり、大変申しわけありませんでしたm(_ _)m
自分にそういったものがあまりないのでついうっかりしていたのですが、地雷だという方がいらっしゃったのではないかと・・・
気分を害された方がいらっしゃったらすみません。
話の上で大事な部分なのでカットはありえないのですが、一言断っておくべきだったなとだいぶ後になってから気づきました・・・(・∀・ι)

森誕もあっさりスルーしてしまって・・・。
実は用意してたお話があったのですが、盛り上がりに欠ける部分をなんとかしようとこねくり回して間に合わず→放置という結果にorz
これもどっかで出せればいいな〜・・・(できれば兄誕・・・)


ご訪問・拍手・コメントありがとうございます!!






 その後の数日はまるで悪夢のようだった。
 宗一はとうとう大学を休み、森永も福岡の祖父が危篤だのと言い訳して、土日を含めて五日は休めるように仕事を調整した。食材の買い物に出るほかは一日中家にいて、宗一の気を紛らわすために必死だった。
 近所の皮膚科でのアレルギー検査ではやはり原因の特定が出来なかったので、大学付属病院を受診したが、医者も難しい顔をするばかり。血液検査と問診しか出来ることはないらしく、結局症状を抑える薬が追加されただけだった。
 気休めだと思いながらも、森永は宗一に薬を毎食後きちんと飲ませた。処方された薬は症状を緩和させることはなくても副作用だけはきっちり出るようで、宗一はしきりと喉の渇きと眠気を訴えるようになっていた。
 色々と調べて、アレルギー源になりそうな食材や刺激物を避け、農薬の有無までにも気を遣って丁寧に食事を作る。めっきり口数の減った宗一は食欲も落ちていて、たった数日ですっかりやつれてしまった。

 “おまえが私のものになるなら_____”

 日を追うごとにあれは夢だったと思うようになってきている。魔女はまた来ると言っていた。どうせならさっさと来い、と念じてみるが、その度バカバカしいような気がして頭を振る。
 宗一には結局、あの夢のことは話していない。思い悩んでいるのを悟られまいと、森永はなるべく平静を保とうと努力していたが、こんな状況にも関わらず宗一は敏感に察したらしい。彼はいつも、原因には思い至らなくても、森永の様子がおかしいことに気付いてくれるのだ。それどころではないはずなのに気遣ってくれる優しさが、なおさら胸を詰まらせた。

 例えばもし、魔女のものになったなら、森永は宗一の前から姿を消すことになるのだろうか。
 あの夢を見た晩から、森永は”もし宗一と別れたら”を繰り返し考えるようになった。自分から言い出したら引き留めてくれるだろうか、縋ってくれるだろうか、以前実験室でそばにいて欲しいと言ってくれたように。それともあっさり頷かれるだろうか。
 捨てられるくらいなら、魔女に引き離されたほうがマシかもしれない。忘れ去られるのは辛すぎるから、記憶は残しておいてもらおう。そうすれば、また失踪癖が出たと宗一は探してくれるのだろう。そんな心配をさせるぐらいならいっそ記憶を消してもらった方がいいのだろうが、森永のことを忘れた宗一がいつか誰かと過ごすようになることを考えると耐え難い。


 物思いにふけっていた森永は、いつの間にかキッチンで小皿を持ったまま突っ立っていた。
 吹きこぼれた鍋がジュワッと音を立てたのに意識を引き戻され、慌てて火を止めると息をつく。こんなことではいけない、自分がしっかりしなくては。両手でパンと軽く頬を叩き、気合を入れ直すと森永は台拭きを手にリビングに向かい、そして_____目に入った光景に血の気が引いた。

「先輩!何してるんですか!!」
 ソファに寄りかかって雑誌をめくっていたはずの宗一の指先は真っ赤に染まっていた。ところどころ、シャツにも朱が滲んでいる。いまや斑模様は頻繁に発作を起こすようになっている宗一の全身に広がり、何か死に至る病にでも侵されているかのような不吉さを見せている。
「……い…かゆい」
 譫言のように呟くさきから、短く切った爪先でも食い込むほどの力で身体を搔きむしる。塞がる間もない傷跡は裂かれ、皮膚がめくれる。それは溺れる者が何かに縋りつかんとする、狂気のような必死さで、もう宗一の耳には叫ぶ森永の声も届かないようだった。

「やめて下さい!こんな、こんな酷い_____」
 傷に障ることを恐れてなるべく触れないようにしてきた森永だったが、咄嗟に宗一の両手首を掴んで身体から引き離した。まずった、と瞬時に手を放したが、ひとまわり細くなったような手首はぬるりと滑り、その感触がぞわと首筋を粟立たせる。
「でも……かゆ、い……」
 辛さのあまり涙を浮かべた宗一は、自分の血で染まった指を頬の赤味に近づけると、きつく爪を立てて一気に掻き下ろした。
「やめ_____」
 その指に引きずられて、まるでゴムマスクでも脱ぐようにずるりと、宗一の顔半分の皮膚がはがれ落ちた。皮膚上の赤みなど比べものにならない生々しさで肉が露出する。

「ーーーーー!!!!」

 悲鳴は声にならず、喉の奥でくぐもった音を立てた。
 目の前で息も絶え絶えに呻き、震える手で血みどろの顔を抑える宗一を抱きしめることもできない。白む意識の片隅で、森永はひたすら祈り続けた。
 こんなのは悪い夢だ。現実じゃない、すぐ目が覚める、だから助けておねがいだれかめをさまさせてせんぱいをたすけておねがいおねがいだれかたすけて_____




 ゴメンナサイオレガワガママダカラ




「決心はついたか?」
「?!」
 声に瞠目した森永の真正面には、同じ目線の高さでひたと見据える魔女の顔があった。既視感に激しく瞬く森永から目を離さないままゆっくりと女は後退り、数歩の距離で立ち止まると手を上げ、指で頬を引っ掻く仕草をしてみせた。
「先輩……!」
 瞬時に先ほどのおぞましい光景がよみがえる。必死に周囲を見回しても、そこは灰色の靄で出来たような曖昧な世界で、宗一はおろかアパートの名残すら見つけることは出来なかった。

「先刻の血塗れたソウイチの姿、あれは幻だ……今はまだ」
 ホッとすると同時に怒りが沸き上がってきて、森永はぎりと女を睨みつけた。そもそもなぜ自分達がこんな目に遭わなければならないのか。女の気紛れに翻弄される所以など思い当たらない。
「しかしほんの先の姿だと思っていい。このままではソウイチは己の骨が見えるまで掻き毟って止まぬだろう。あの手の血のりも幻ではなくなる」
 なめらかな肌が残念なことだな、と魔女は他人事のように呟いた。
「何のために……こんな」
 声が震えるのを自覚したが、それを抑えることは出来なかった。決心ならついていない。そもそも現実のことかどうか信じられていなかったのだから。
「すべてのことに理由はあるが、それを知ることができるものは僅かだ」
「ふざけるな!今すぐ先輩を治せ!」
 逆上して叫ぶ森永にふ、と息をついた魔女は、小さく肩をすくめた。次いで聞き分けのない子どもを諭すような仕草で小首を傾げる。
「仕方のない奴だ……可愛いお前にもうひとつ、選択肢をやろう」
 そう言って彼女がどこからともなく取り出したのは、一本のナイフだった。

魔女4aaa

 それは小振りで、装飾用かと思えるほどの美しいものだった。柄から刀身にわたり精巧な彫り模様が施され、柄尻にはつぶらな黒曜石が嵌め込まれている。鍔はほとんどなく、森永の大きな手では、握るだけで刃先に触れてしまいそうだった。一見実用性は低そうでも鈍色に輝く鋭い切っ先が、これが飾りなどではないことを雄弁に物語っている。

「これでソウイチの胸を刺すといい」
「えっ……」
 あまりにも突然の教唆に森永は言葉を失った。苦しみを長引かせるより、命を絶ってやったほうが親切だとでも言うつもりなのだろうか。
 胸の前に抜き身のナイフを掲げてみせ、森永の動揺などお構いなしに、女は淡々と続ける。
「このナイフは愛を量る。ソウイチのお前への愛に偽りがないなら、愛されるお前だけが唯一ソウイチを息絶えさせ、そしてお前の愛が真実ならソウイチはやがて息を吹き返す。一度死んで解かれた呪いは二度とは蘇らない。全ては元の通り……」
 女は刀身を軽く支えて森永に握りを差し出した。受け取るどころか身動きもできない森永に歩み寄り、瞳を覗き込む。
「だがもし、どちらかの愛が紛い物であったなら、ソウイチは私のものだ」
 それは心を盾に取った脅迫だった。どちらかが助かるためにはどちらかが犠牲にならねばならず、二人ともが日常に戻るためには高いリスクが伴う。そしてすでに宗一は自身の身の安全を放棄してしまっている。

「おまえ達は愛し合っているのだろう?願望を目の前にして、想うのは互いのことばかり。美しいことだ……迷うこともないだろう」
 魔女が誘惑の手段として見せた夢は、存在したかもしれない別の未来だったのだろうか。宗一には母と共に過ごす安らかな世界を。森永にはすべてを失う前の温かな時間を。心の奥にある消えない傷を探りあて、隠蔽して構築された_____それはきっと幸せな未来。だが間違いなく、ふたりが出逢うことはなかった未来。

「選ばせてやる。このナイフか、私への忠誠か」

 そんな理不尽があるかと、罵倒しようとしてもカラカラに乾いた喉から声は出ない。いつの間にか額に流れるほどかいていた汗が染みて、森永は目をしばたたかせた。瞬きのたびに周囲は暗く沈み、魔女の瞳のアンバーだけが残像のように瞼に残る。暗闇の中でふと目覚めればそこは、宗一のベッドの横に敷いた布団の中だった。


 やはり夢だったのだ。自然とため息が漏れたが、それはいくらか震えていた。
 森永は夜中にも何度となく発作を起こしてしまう宗一を世話するため、ほとんど押し切るようにして寝室に布団を持ち込んだのだった。身体を起こしてベッドのほうをしばらく見つめていると、目が慣れて宗一の姿が浮かび上がってくる。豆電球の小さな明かりの中にも、宗一が自らつけた傷が鮮やかなほどくっきりと、頬や首や手の甲に苦しみを晒していた。

 膝を抱えてぼんやりと見守っていると、ふと宗一の呼吸が乱れた。発作が始まったのだ、まだ眠ったままパジャマの上から腹を絞るように掻きはじめている。
 先日から冷却枕や保冷剤を大量に買ってきて冷凍庫に入れている。少しでも痒みを抑えられるよう、患部を冷やすためだ。寝る前に持たせたものはすでに温くなっているはずだからと、森永は冷えたものを取りに行くため、身体の横に手をついて立ち上がろうとした。
「………!」
 手に触れた固い感触に動きが止まる。例えばいかにも枕元に見つけそうな携帯電話や文庫本などではない。そもそも布団に何かを持ち込んだ記憶もない。嫌な予感に視線すら鈍る。のろのろと左手の先に目をやると_____それは深夜の部屋に昏く光を弾く、抜き身のナイフだった。

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